中小企業の退職金制度は減っている?増えている?

中小企業の退職金制度は大企業に比べて導入率が低いことが厚生労働省の統計調査等で知られています。中小企業にも活用されていた適格退職年金制度や厚生年金基金は廃止(後者は実質的な廃止)により他の制度への移行を迫られ、移行せずに廃止に至るケースもあり、中小企業の退職金制度のあり方を見直す契機となりました。最近では、従業員の老後所得の確保を促す仕組みの一つとして、給与の一部を掛金として支給する選択制の確定拠出年金や確定給付企業年金を、従来の退職金制度とは異なる位置づけで導入する企業も増えているように感じます。
本コラムでは、従業員数が300人未満の中小企業の退職金制度の有無について、2020年12月に公表された東京都の調査結果を基に、その推移や属性による違いを見ていきたいと思います。
「中小企業の賃金・退職金事情」調査とは
退職金に関する統計調査はそれほど多くはありませんが、中小企業を対象に定期的に行われている調査として東京都の調査があります。東京都では従業員数が10~299人の都内中小企業のみ対象とした賃金についての調査を毎年実施しており、その中で「退職金」について隔年で調査しています(以下、東京都調査と呼びます)。調査時点は7月末時点で、当年の12月に結果が公表されることが多いようです。東京都産業労働局のWEBサイトでPDFのレポートや集計表を入手することができます。(2020年調査はこちら)
退職金に関する調査項目は次の8項目となっています。
1. 退職金制度の有無
2. 退職一時金の支払準備形態
3. 退職一時金の算出方法
4. 退職金算定基礎額の算出方法
5. 退職一時金を受給するための最低勤続年数
6. 退職一時金の特別加算制度
7. 退職年金の支払準備形態
8. モデル退職金
以下では「1. 退職金制度の有無」の結果を使って、2012年からの推移や従業員数別・業種別の状況について見ていきます。
(なお、諸数値については端数処理の関係で、構成比の合計が100%にならない場合や変動幅が表記の差分と一致しない場合があります。)
退職金制度の有無の推移
図表1-1は2012年から2020年までの退職金制度の有無に対する回答の構成比を示したものです。2012年といえば3月末には企業年金の一つであった適格退職年金制度が廃止された年なので、適年廃止直後からの推移ということになります。「制度あり」の割合は2014年までは80%程度でしたが、2016年と2018年には約70%、直近では60%台半ばとなっており、退職金制度が減少傾向にあることを示しています。但し、無記入の割合が2018年と2020年で大きくなっているのが気になるところです。特に2020年は無記入が1割以上です。無記入の理由は不明ですが、これを一概に「制度なし」と見なすわけにもいきません
図表1-1:退職金制度の有無

(出所)東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」各年版を基に作成
この無記入の影響を除くため、図表1-2で無記入の回答を母数から除いた構成比を算出しました。この補正により2020年の「制度あり」の割合は65.9%から75.9%に増加し、2016年や2018年よりも高くなっています。2012年から2020年への減少幅も補正前の11.8ポイントから2.7ポイントに縮小しました。2016年以降は「制度あり」の割合が増加していることも踏まえると、退職金制度が減少傾向にあると結論づけるのは難しいかもしれません。
図表1-2:退職金制度の有無(無記入を除いた場合)

(出所)東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」各年版を基に作成
従業員数別に見た場合
ここからは属性別に退職金制度の有無を見ていきましょう。2020年の調査では無記入の割合が大きいため、先ほどと同様に無記入の影響を除外した割合を使っていきます。図表2は従業員数を10~49人、50~99人、100~299人の3つのグループに分け、退職金制度のある企業の割合を2012年と2020年で比較したものです。このグラフを見ると2つのことに気づきます。1つ目は従業員数が少ないほど退職金制度のある企業は少ないということです。特に10~49人の企業で退職金制度があるのは約71%で、50~299人の企業より10ポイント以上低くなっています。2つ目は2012年と2020年の差は、従業員数が多い企業ほど減少幅が大きいが、▲3.0ポイント~+0.1ポイントの範囲であり、従業員数によって減少幅にそれほど大きな違いは見られないということです。
図表2:従業員数別 退職金制度のある企業

※無記入の企業を除いて割合を算出。項目名の(n=)は2020年の回答企業数
(出所)東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」2012年・2020年版を基に作成
業種別に見た場合
次に業種別に見てみましょう。図表3-1には2012年と比較して「制度あり」の割合が増加した業種、図表3-2には割合が減少した業種をまとめています。なお、業種別に細分化すると回答数が少なくなるため、割合が変動しやすい点に注意が必要です。実際、回答数が100社を下回っている業種が大半で、中には50社を下回っている業種もいくつかあります。
増加した業種をまとめた図表3-1を見ると、「運輸業、郵便業」「教育、学習支援業」「医療、福祉」は2012年から9ポイント以上増加しており、他の業種よりも増加幅が大きくなっています。この内、「教育、学習支援業」「医療、福祉」については、2012年の調査時点ではそれぞれ60.7%、42.4%で、業種の中でも退職金制度のある企業が比較的少ない業種でした。
図表3-1:業種別 退職金制度のある企業(増加グループ)

※無記入の企業を除いて割合を算出。項目名の(n=)は2020年の回答企業数
(出所)東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」2012年・2020年版を基に作成
一方、減少した業種をまとめた図表3-2を見ると、「情報通信業」「学術研究、専門・技術サービス業」「宿泊業、飲食サービス業」での減少が目立ちます。「情報通信業」は2012年の調査時点では85.7%と全体を上回っていましたが、直近では73.2%で全体を下回っています。「宿泊業、飲食サービス業」は2012年の調査時点では先ほどの「医療、福祉」と同様に退職金制度が少ない業種でしたが、変化という点では「医療、福祉」とは違って割合が減少しています。
図表3-2:業種別 退職金制度のある企業(減少グループ)

※無記入の企業を除いて割合を算出。項目名の(n=)は2020年の回答企業数
(出所)東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」2012年・2020年版を基に作成
おわりに
中小企業の退職金制度の有無について、東京都の調査結果を基に推移を見てきました。無記入の影響を除外し、従業員数や業種といった属性で分けることで、全体の構成比だけでは見えなかった新たな発見があったのではないでしょうか。本コラムが中小企業の担当者が自社の退職金制度を検討する上で参考になれば幸いです。
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※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
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この記事を書いた人 取締役 日本アクチュアリー会準会員 / 1級DCプランナー(企業年金総合プランナー) 辻󠄀 傑司 |
世論調査の専門機関にて実査の管理・監査業務に従事した後、2009年IICパートナーズに入社。 退職給付会計基準の改正を始めとして、原則法移行やIFRS導入等、企業の財務諸表に大きな影響を与える会計処理を多数経験。 |