退職給付会計を学ぶためのおすすめ本

前回のコラムでは、初心者がWEBを使って退職給付会計業務を学ぶ方法をご紹介しましたが、読者の中には「もっと体系的に勉強したい」「紙でじっくり読みたい」「会社に1冊置いてメンバーで共有したい」という方もいらっしゃると思います。
確かに書籍で学ぶことにはWEBにはないメリットがあります。WEBでは解説のボリュームが多いとスクロールやページの移動が多くなってしまうため簡潔な説明が好まれる一方、書籍はテキストや図表、設例をふんだんに使い、体系的かつ詳細な解説が可能です。自分にとって有用な箇所に線を引いたり付箋を付けたりして、必要なときに何度も読み返すことで理解を深めることもできます。何より読み通した本があれば、それだけ自信になるでしょう。
このコラムでは、ここ数年に出版された退職給付会計に関する解説書を5冊紹介します。それぞれの特徴についてご紹介していきますので、ご自身のレベルや目的に合わせて手に取ってみてはいかがでしょうか。
退職給付会計の概要を短時間で学ぶ

<書籍名>
図解でざっくり会計シリーズ② 退職給付会計のしくみ(第2版)
<編者>
新日本有限責任監査法人
<発行日>
2017/3/1
レベル ★☆☆
おすすめの読者
・退職給付会計に携わるのが初めての方
・時間をかけずに、まずは概要を知りたい方
・専門書を読むのがあまり得意ではない方
タイトルにもあるように、図やイラストを豊富に使い、平易な言葉を使ってできるだけわかりやすく説明することをコンセプトにしたシリーズです。基本的に、見開き1ページで1テーマを扱っており、知りたいことも探しやすく、概要をすぐに把握できます。左側に図、右側に説明の構成になっており、ページ数は全体でも約160ページと少ないですが、テキストだけに限るとさらにその半分くらいのボリュームなので、短時間で読み終えることができます。退職給付会計の初学者が最初に読む本としてお勧めです。すでに同シリーズの本を読んだことがある方は、退職給付会計もこの本から入ると良いでしょう。
一方、具体例に基づく仕訳等の解説は多くありませんので、概要をこの本で押さえたら、ステップアップとして以降で紹介する本にも取り組み、実務で使える知識を獲得しましょう。
一通り読めば、実務レベルの退職給付会計が身につく

<書籍名>
退職給付会計の経理入門(第2版)
<編者>
有限責任監査法人トーマツ
<発行日>
2020/3/5
レベル ★☆☆
おすすめの読者
・退職給付会計の会計処理の流れを知りたい方
・業務でワークシートを作成する、もしくは利用する方
・退職給付制度の見直しを予定している企業の担当者の方
解説書としては約200ページと比較的コンパクトですが、退職給付会計の経理担当者として実務を回すために必要とされる知識を一通り学ぶことができます。退職給付債務計算の外部委託の現実を踏まえた解説がされており、理論と実践のバランスが取れた書籍です。本書の最大の魅力は何といっても退職給付会計に特有のワークシートの解説です。ワークシートの作成手順が、1年間の経理プロセスの中で、具体例に基づき仕訳と共に丁寧に解説されています。自社でワークシートを作成している企業にとって参考になるのはもちろんのこと、ワークシートの作成を外部に委託している場合でも、作成手順を知ることでそれぞれの項目が意味するところを理解できるようになります。
退職給付制度の見直しや大量退職における会計処理も簡単な数値例を用いて、ワークシートと共に解説されているので、いざという時の役に立ちます。
実務で困ったときの辞書代わりに使える

<書籍名>
現場の疑問に答える会計シリーズ⑤ Q&A退職給付の会計実務
<編者>
EY新日本有限責任監査法人
<発行日>
2019/8/25
レベル ★★☆
おすすめの読者
・退職給付会計の業務をすでに経験している方
・個別の論点から理解を深めたい方
・退職給付会計の辞書がほしい方
実務担当者が現場で疑問に思うであろう内容をQ&Aでまとめ、その詳細について解説する形式となっています。個々の解説ではポイントが整理され、その周辺事項もしっかり説明されているので、カバーされている範囲も広いです。知りたいことを取っ掛かりに個別の論点について理解が深められるので、通読するのではなく、必要なところを読むという辞書的な使い方がおすすめです。退職給付会計を一度経験した実務担当者は手元に置いておくと安心感が得られるでしょう。
連結における会計処理の解説も豊富で、注記作成までの流れを解説した部分では、連結子会社と持分法適用会社を有する企業グループを例として、退職給付会計ワークシートや連結貸借対照表、連結包括利益計算書、注記、仕訳が具体的な数値を基に示されています。巻末には、退職給付債務等の計算の詳しい解説やIFRSとの差異一覧、用語集が用意されており、多様な読者のニーズに応えるものになっています。
関連する基準を一つにまとめたような教科書的存在

<書籍名>
退職給付会計の実務マニュアル 基本・応用・IFRS対応(第2版)
<編者>
PwCあらた有限責任監査法人
<発行日>
2017/9/15
レベル ★★★
おすすめの読者
・退職給付会計を体系立てて本格的に学びたい方
・自社計算ソフトを使用している企業の担当者の方
・IFRSを適用している、もしくは適用予定の企業の方
退職給付会計は会計基準の他、適用指針や実務対応報告、専門家のための数理実務ガイダンスで構成されていると考えることができますが、一つの論点でも様々な箇所に記載があるため、体系的に学ぶためにこれらを一つ一つ読み進めるのは、効率的ではないかもしれません。本書は論点ごとに、具体的な会計処理や表示の例を挟みつつ、内容がまとめられているので、効率的かつ体系的に退職給付会計を学ぶことができるでしょう。
特筆すべきは、内部統制とIFRSにそれぞれ約40ページの紙面が割かれているという充実ぶりです。内部統制の章では、退職給付債務計算を外部委託している場合と自社計算している場合、それぞれでチェックすべき内容が具体的に解説されています。企業が自身でどのような点をチェックすべきか記した情報は少ないので、社内での確認手続きが整備されていない企業にとって、貴重な情報と言えるでしょう。IFRSの章では、IAS19(従業員給付)の解説に加え、IFRS移行を検討する企業向けに日本基準との相違点と留意点が説明されています。
現行の退職給付会計を改訂の背景から理解するなら

<書籍名>
企業年金の最新課題に対応!退職給付会計実務の手引き(第2版)
<編者>
井上 雅彦
<発行日>
2018/3/1
レベル ★★★
おすすめの読者
・現行の退職給付会計の背景から理解したい方
・数理計算における実務上の論点について学びたい方
・リスク分担型企業年金の仕組みも理解したい方
本書は、2014年の退職給付会計の改訂に焦点を当てて、その経緯も含めて解説しているのが特徴です。企業における会計処理実務の一通りの解説に加え、予想昇給率や退職率の算定方法など企業では普段触れることが少ない数理計算の実務についても解説されており、数理計算の実務の一端を知ることができるでしょう。基準改訂当時は、退職給付債務計算における割引率の決定方法や期間帰属方法について企業はいくつかの方法から選択を迫られました。本書では、選択に当たっての留意点についてもまとめられており、今後も簡便法から原則法に移行する企業では同様の選択が求められることから、引き続き計算前提を検討する際に参考となるでしょう。
また、最新の課題としてマイナス金利とリスク分担型企業年金の内容が第1版から追加され、後者に関してはリスク対応掛金の仕組みから解説されており、今回紹介した5冊の中では最も充実した内容となっています。
まとめ
本コラムで紹介した本はいずれも大手の監査法人に所属する公認会計士や年金数理人により執筆されたものです。「退職給付会計は難しい」という声はよく聞きますが、これに応えるようにして、退職給付会計に携わる企業の担当者や各専門家の理解を助けるための工夫が凝らされており、それぞれに特色があることがわかっていただけたのではないでしょうか。じっくり学びたいという方は無料で学べるWebの情報の他、書籍も活用して、ステップアップを目指しましょう。
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
あわせて読みたい記事はこちら
![]() |
この記事を書いた人 取締役 日本アクチュアリー会準会員 / 1級DCプランナー(企業年金総合プランナー) 辻󠄀 傑司 |
世論調査の専門機関にて実査の管理・監査業務に従事した後、2009年IICパートナーズに入社。 退職給付会計基準の改正を始めとして、原則法移行やIFRS導入等、企業の財務諸表に大きな影響を与える会計処理を多数経験。 |