退職給付引当金とは、将来従業員に支払う退職金に備えて計上される会計上の負債です。
特に経理担当者にとって、その計算方法や仕訳は、正確に理解しておくべき重要な項目といえます。
ここでは、退職給付引当金の基本的な意味から、従業員数の多い企業で採用されている原則法、そして従業員数の少ない企業で採用されている簡便法という二つの計算方法、さらに具体的な仕訳例まで、実務に必要な知識をわかりやすく解説します。
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退職給付引当金とは?
将来の退職金支払いに備える負債のこと
退職給付引当金とは、将来従業員に支払う退職金に備えて計上しておく負債勘定を意味します。
企業会計の考え方では、従業員の労働により将来の退職金支払債務が発生するため、その発生額を合理的に見積もり、貸借対照表に負債として計上します。
過去には退職給与引当金とも呼ばれ、退職一時金制度に係る負債が計上されていましたが、確定給付企業年金制度に係る負債も含めて退職給付引当金として計上することになりました。
退職給付引当金を計上する目的と重要性
退職給付引当金を計上する主な目的は、費用収益対応の原則に基づき、従業員の労働提供という収益獲得への貢献に対応する費用を、適切に期間配分することにあります。
簿記上、退職給付引当金を決算時に計上することで、貸借対照表には将来の支払義務が負債として表示され、損益計算書には当期の労働に対応する費用が計上されます。
これにより、企業の財政状態や経営成績をより正確に決算書へ反映できます。なお、退職給付引当金は、キャッシュフロー計算書上では、非資金損益項目の調整として扱われます。
引当金として計上するために満たすべき4つの要件
企業会計原則において、引当金を計上するためには4つの要件を満たす必要があります。
退職給付引当金についても、貸倒引当金など他の引当金と同様の基準が適用されます。
第一に、将来の特定の費用または損失であること
第ニに、その発生が当期以前の事象に起因すること
第三に、発生の可能性が高いこと
第四に、その金額を合理的に見積もることができること
退職給付引当金は、従業員の過去の労働という事象に起因し、将来の退職という事象で発生する可能性が高く、合理的に金額を見積もることができ、4つの要件を満たすため、会計基準上、引当金を適切に計上することが求められます。
退職給付引当金の計算方法【原則法】
退職給付引当金の計算方法には、原則法と簡便法の二種類があります。
原則法は、退職給付に関する会計基準および適用指針における原則的な計算方法や会計処理で、従業員数が比較的多い企業で用いられます。
この求め方は、退職給付債務や年金資産などの項目を使い、確率・統計の専門的な知識を用いて計算するため、非常に複雑で難しいとされています。
そのため、実務上は、専門家であるアクチュアリーや年金数理人に計算を依頼することが一般的です。
ステップ1:退職給付債務を算定する
原則法における最初のステップは、退職給付債務を算出することです。
退職給付債務とは、将来支払うと見積もられる退職給付のうち、期末までに発生したと認められる額を、現在の価値に割り引いて算定した金額を指します。
この見積りには、将来の昇給率や退職率、死亡率などを加味する必要があります。また、割引率を使って割引計算を行うため、計算は複雑になります。
退職給付債務のうち1年分に相当する翌期の勤務費用や、時の経過により発生する翌期の利息費用なども、当期末の退職給付債務とセットで計算します。
退職給付債務や勤務費用等は、従業員データを使用して計算しますが、いつの時点のデータを使用するかは、予算策定の時期に応じて変わってきます。
ステップ2:年金資産の把握
確定給付企業年金の場合、退職給付の支払いのために外部に積み立てている年金資産残高を入手します。
年金資産とは、退職給付の支払いに充当するため、企業が生命保険会社や信託銀行、年金基金などの外部に掛金を拠出し、運用されている特定の資産を指します。
この年金資産(積立金)を退職給付債務から控除したものを「未積立退職給付債務」と呼び、これをもとに退職給付引当金を算出します。
なお、年金資産の評価は、期末時点の時価で行います。
ステップ3:未認識の差異を調整する
最後に、退職給付債務や年金資産の見積もりと実績の間に生じた差異を調整します。
この差異には、数理計算上の差異と過去勤務費用が含まれます。数理計算上の差異は、退職率や割引率など見積りの変更や、見積りと実績の差額によって生じます。
過去勤務費用は、退職給付制度の変更によって発生する退職給付債務の増減額です。
これらの差異は、発生した期に全額を費用処理する必要はなく、一定の年数(従業員の平均残存勤務期間内、例えば10年など)にわたって規則的に費用処理することが認められています。
この調整により、退職給付債務や年金資産の一時的な変動が損益に与える影響を平準化できます。
ただし、大量退職など、退職者が非常に多い場合には特別な処理が必要になることもあります。

退職給付引当金の計算で使える【簡便法】とは
会計基準では、従業員数が比較的少ない中小企業などを対象に、簡便法(簡易的な計算方法)の適用を認めています。
原則法と簡便法は任意に選択できるものではなく、簡便法を適用するためには条件があり、個別の企業ごとに、条件を満たすかどうかを確認する必要があります。
簡便法を適用できる企業の条件
簡便法を適用できる企業の条件は、従業員の数によって定められています。 具体的には、従業員数が300人未満の企業が対象です。
ここでいう従業員とは、退職給付制度の対象となる正社員などを指し、パートタイマーやアルバイトの数は含まないことが多いですが、企業の退職金規程によります。
また、従業員数が300人以上であっても、年齢や勤続年数に偏りがあるなどにより、原則法の計算結果に一定の高い水準の信頼性が得られないと判断される場合には、簡便法の適用が認められることがあります。
なお、複数の退職給付制度を有する企業については制度ごとに判断します。
簡便法による退職給付引当金の計算式
簡便法による退職給付引当金の計算式は、原則法に比べて非常にシンプルです。
最も一般的な方法は、期末時点において全従業員が自己都合で退職した場合に支払うべき退職金の総額(期末自己都合要支給額)を退職給付債務とする方法です。
退職一時金制度のみを採用している多くの企業では、この方法で退職給付引当金を算出します。
確定給付年金制度の場合は、年金財政上の数理債務を退職給付債務とし、そこから年金資産額を差し引いて、退職給付引当金とする方法が一般的です。
これにより、期末時点の退職給付引当金(未積立退職給付債務)の金額がいくらになるかを簡易的に計算できます。
退職給付引当金の仕訳を具体例で解説
退職給付引当金の会計処理において、日々の実務で直接関わるのが仕訳です。
ここでは、期末に退職給付引当金を計上する場面と、実際に従業員が退職して退職金を支払う場面という、二つの重要なケースを取り上げます。
それぞれの状況に応じた具体的な仕訳を理解することで、正確な経理処理が可能となります。
期末に退職給付引当金を計上するときの仕訳
決算期末には、当期に発生した退職給付費用を計算し、退職給付引当金を計上する仕訳を行います。
例えば、当期の繰入額が100万円だった場合、借方に「退職給付費用100万円」、貸方に「退職給付引当金100万円」と記帳します。
この処理により、当期の費用を損益計算書に計上すると同時に、同額の負債を貸借対照表に計上します。
この繰入額が、従業員の当期1年間の労働に対して発生した退職金に係るコストに相当します。
- (借方)退職給付費用
- 100
- (貸方)退職給付引当金
- 100
従業員の退職時に退職金を支払ったときの仕訳
従業員が退職し、企業が退職金を支払った際には、これまで積み立ててきた退職給付引当金を取り崩す仕訳を行います。
例えば、退職金500万円を企業が支払った場合を考えます。
この支払いは、過去の勤務に対して計上してきた引当金からの支払いとみなされるため、借方に「退職給付引当金500万円」、貸方に「現金預金500万円」と記帳します。
この取崩処理により、引当金という負債が減少し、同時に現預金という資産が減少します。
- (借方)退職給付引当金
- 500
- (貸方)現金預金
- 500
ただし、引当金の対象となっていない退職金を支払った場合には、退職給付費用として処理する必要があります。
- (借方)退職給付費用
- 500
- (貸方)現金預金
- 500

「退職給付引当金」と「前払年金費用」
「退職給付引当金」と「前払年金費用」は、退職給付会計における対照的な勘定科目です。
「退職給付引当金」は、退職給付債務が年金資産の額を上回っている場合(未認識の差異を調整後)に、その差額を負債として貸借対照表に計上するものです。
これは、将来の退職給付支払いに備えるための積立不足額を示しています。
一方、「前払年金費用」は、年金資産の額が退職給付債務を上回っている状態(未認識の差異を調整後)、つまり積立超過の状態を示し、その差額を資産として貸借対照表に計上する際に使用されます。
税務上、退職給付費用は損金に算入できるのか?
会計上、費用として計上される退職給付費用ですが、税務上は原則として損金算入できないルールになっています。
退職一時金制度については実際に退職金を支払ったときにその支払額が、企業年金制度については掛金の拠出時にその額が損金として認められます。
つまり、会計上の引当金の繰入額は、税務上は損金不算入となります。
この会計と税務の考え方の違いから、法人税の申告時には調整が必要です。
過去には退職給与引当金制度として損金算入が認められていた時期もありましたが、法律の改正により廃止されました。
したがって、退職給付引当金の計上自体には直接的な節税効果はないのが現状です。
これは役員に対する退職金も同様です。
国税庁のホームページ等を確認し、会計上の処理と税務上の処理を区別して理解しておくことが重要です。
まとめ
退職給付引当金は、将来の退職金支払いに備える会計上の負債であり、企業の財政状態や経営成績を正確に表すために計上されます。
計算方法には非常に複雑な原則法と、従業員数の少ない中小企業向けの簡便法が存在します。
期末には退職給付費用を計上して引当金を繰り入れ、企業から退職金を支払う時には引当金を取り崩す仕訳を行います。
会計上は費用として計上するものの、税務上は損金不算入となるため、法人税の申告時には調整が必要です。
これらを理解し、自社の状況に合った適切な方法で処理を行うことが求められます。
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