ここでは退職給付会計(個別財務諸表)の全体像を説明します。
退職給付B/Sの各項目(退職給付債務、年金資産、退職給付引当金など)および退職給付P/Lの各項目(勤務費用、利息費用など)、またこれら各項目をひとまとめに把握できる退職給付会計ワークシートについて理解を深めましょう。
年金資産(退職給付信託も含む)がない退職一時金制度の企業においては、年金資産に関する部分は気にせず読んでいきましょう。
退職給付会計の全体像(個別財務諸表)
退職給付会計の中心にあるのは「1.退職給付B/S」と「2.退職給付P/L」です。
「1.退職給付B/S」では、会社本体のB/Sにおいて負債として計上される「退職給付引当金」が算定され、「2.退職給付P/L」では、会社本体のP/Lにおいて費用として計上される「退職給付費用」が算定されます。「3. B/S退職給付引当金勘定」は、退職給付引当金の期首から期末までの増減要因の内訳を示したものであり、また、「1.退職給付B/S」と「2.退職給付P/L」をつなぐ「連結環」としての機能も持っています。
退職給付会計における各項目とそれぞれの関係を表すと次の図のようになります。
(数理計算上の差異の償却は、当期発生額を翌期から償却する前提としています。)

「1.退職給付B/S」で算定される「退職給付引当金」
当期末において、期末までの勤務に相当する債務である退職給付債務1000から年金資産の時価500を控除した金額である500が、未積立退職給付債務、すなわち「積立不足」となります。
未積立退職給付債務(積立不足)500 = 退職給付債務1000 - 年金資産500
一見すると、この未積立退職給付債務500の全額を会社本体のB/Sに負債として計上すべき、とも考えられますが、日本の退職給付会計基準(個別財務諸表)では、この未積立退職給付債務から3つの未認識項目(未認識過去勤務費用、未認識数理計算上の差異、会計基準変更時差異の未処理額)を控除した残額のみを「退職給付引当金」として負債計上すればよい、という扱いになっています。すなわち、退職給付引当金は、以下の算式により算定されることになります。
退職給付引当金190 = 退職給付債務1000 - 年金資産500 - 未認識項目310
3つの未認識項目は、債務としては既に発生しているのですが、それぞれ理由があって遅延認識(即時に負債、費用として認識するのではなく、将来一定の期間に渡って認識)することが認められています。

「2.退職給付P/L」で算定される「退職給付費用」
「2.退職給付P/L」における退職給付費用の算定プロセスを見ていきます。「2.退職給付P/L」では、会社本体のP/Lに計上される「退職給付費用」を6つの構成要素の合計額として算定しています。すなわち、退職給付費用は以下のように算定されます。
退職給付費用150 = 勤務費用100 + 利息費用15 + 過去勤務費用償却額10 +数理計算上の差異償却額15 + 会計基準変更時差異の費用処理額20 - 期待運用収益10
勤務費用
6つの構成要素のうち、最も重要なものが「勤務費用」です。勤務費用とは、「退職給付債務のうち当期1年分」というイメージです。
利息費用
6つの構成要素のうち、勤務費用と同様、退職給付債務の算定プロセスにおいて必然的に発生するもので、割引計算の副産物として発生するものが「利息費用」です。利息費用とは、「時の経過により発生する退職給付債務の利息」であり、期首の退職給付債務に割引率を乗じて算定されます。
過去勤務費用償却額
6つの構成要素のうち、未認識項目の当期償却額3つのうちの一つです。「過去勤務費用」とは、「退職給付水準の改訂等に起因して発生した退職給付債務の増加(減少)額」です。
この「過去勤務費用」は、既に発生した債務ですが、遅延認識が認められています。その過去勤務費用の当期における償却額が過去勤務費用当期償却額となります。
数理計算上の差異償却額
6つの構成要素のうち、未認識項目の当期償却額3つのうちの一つです。「数理計算上の差異」とは、「退職給付債務計算および運用収益計算における見積数値と実績数値との差異、および見積数値の変更による差異」です。
この「数理計算上の差異」は、既に発生した債務ですが、遅延認識が認められています。その数理計算上の差異の当期における償却額が数理計算上の差異当期償却額となります。
会計基準変更時差異の費用処理額
6つの構成要素のうち、未認識項目の当期償却額3つのうちの一つです。「会計基準変更時差異」とは、「退職給付会計基準の適用初年度の期首における「退職給付会計基準による未積立退職給付債務(=退職給付債務-年金資産)」と「従来の会計基準により計上された退職給与引当金等」の差額です。
この「会計基準変更時差異」は、既に発生した債務ですが、遅延認識が認められています。その会計基準変更時差異の当期における費用処理額が会計基準変更時差異の当期費用処理額となります。
なお企業会計においては2000年4月1日に退職給付会計が導入され、「会計基準変更時差異」は導入後、15年以内の一定の年数で償却とされているため、現在はすべて償却済みということになります。
期待運用収益
6つの構成要素のうち、必ず控除項目となるものが期待運用収益です。「期待運用収益」とは、年金資産の運用により生じると合理的に期待される計算上の収益であり、期首の年金資産に長期期待運用収益率を乗じて算定されます。

「3.B/S退職給付引当金勘定」は、「退職給付B/S」と「退職給付P/L」を結ぶ連結環かつ、退職給付引当金の増減推移(フロー)
期中における退職給付引当金の増加要因は「退職給付費用」です。 一方、期中における退職給付引当金の減少要因は2つのキャッシュアウト項目、すなわち、「掛金拠出額」と「退職一時金制度からの支払額」です。
2つのキャッシュアウト項目が、退職給付引当金の減少要因となる理由は多少異なっています。
まず、「掛金拠出額」の場合は、その分だけ年金制度にある年金資産が増加するので、「退職給付引当金=退職給付債務-年金資産-未認識項目」という算式により差額として算定される退職給付引当金が減少するのです。
次に、「退職一時金制度からの支払」の場合は、その分だけ「従業員等に対する退職給付の支払義務」が小さくなるので、この「退職給付の支払義務」を現在価値に直した「退職給付債務」も小さくなります。したがって、「退職給付引当金=退職給付債務-年金資産-未認識項目」という算式により算定される退職給付引当金が減少するのです。ただし、この減少する額は、退職者の退職給付債務分ではなく、退職者への支払額になります。
ちなみに、もう一つのキャッシュの動き、すなわち「年金制度からの支払」の場合も「従業員等に対する退職給付の支払義務」が小さくなり、「退職給付債務」も小さくなります。
一方で、「年金制度からの支払」により「年金資産」も小さくなります。この「退職給付債務」の減少額(年金制度からの支払額)と「年金資産」の減少額が一致するため、「退職給付引当金=退職給付債務-年金資産-未認識項目」という算式により算定される退職給付引当金には影響を与えない(=「3.B/S退職給付引当金勘定」には出てこない)ことになるのです。
退職給付引当金の算定(フローベースでの算定)
退職給付引当金の増加要因1つと減少要因2つを当期首の退職給付引当金に加減算することにより、当期末の退職給付引当金を「フローベース」で算定することができます。
当期末の退職給付引当金190=当期首の退職給付引当金160+退職給付費用150-掛金拠出額100-退職一時金制度からの支払額20
退職給付引当金の算定(ストックベースでの算定)
「フローベース」で算定した当期末の退職給付引当金は、「1.退職給付B/S」において下記算式により「ストックベース」で算定した当期末の退職給付引当金と必ず一致します。
当期末の退職給付引当金190=退職給付債務1000-年金資産500-未認識項目310
退職給付引当金と前払年金費用
退職給付引当金は、ストックベースの場合「退職給付債務-年金資産-未認識項目」という算式により算定されますが、この算定結果が負の値となった場合、その金額を負債ではなく資産すなわち「前払年金費用」として計上します。
退職給付会計の仕訳(個別財務諸表)
期中における退職給付引当金の増加要因は「退職給付費用」、 一方、期中における退職給付引当金の減少要因は2つのキャッシュアウト項目(退職一時金制度からの支払・年金掛金の拠出)だと述べました。ここではそれぞれの要因に伴う退職給付会計の仕訳について解説します。
「1.退職給付費用」による仕訳
勤務費用100・利息費用15の計上
退職給付債務(DBO)は、勤務費用と利息費用の累積ですので、勤務費用100と利息費用15を計上するということは、DBOが115増加することを意味します。DBOが115増加すれば、「DBO-年金資産-未認識項目」で算定される退職給付引当金は115増加します。
退職給付引当金という負債は、貸方(右側)の科目ですので、退職給付引当金を増加させるという意味で、「(貸方)退職給付引当金 115」となります。一方、「勤務費用と利息費用は、退職給付費用の6つの構成要素のうちの2つ」ですので、勤務費用100と利息費用15の合計115だけ退職給付費用が増加します。退職給付費用という費用は、借方(左側)の科目ですので、退職給付費用を増加させるという意味で、「(借方)退職給付費用 115」となります。
- (借方)退職給付費用
- 115
- (貸方)退職給付引当金
【DBOの増加】 - 115
期待運用収益△10の計上
期待運用収益を10計上するということは、年金資産が10増加したものとみなすことを意味します。年金資産が10増加すれば、「DBO-年金資産-未認識項目」で算定される退職給付引当金は10減少します。
退職給付引当金は、貸方(右側)の科目ですので、退職給付引当金を減少させるという意味で、「(借方)退職給付引当金 10」となります。一方、「期待運用収益は、退職給付費用の6つの構成要素のうちの1つであり、かつ、退職給付費用の控除項目」ですので、期待運用収益10だけ退職給付費用が減少します。退職給付費用は、借方(左側)の科目ですので、退職給付費用を減少させるという意味で、「(貸方)退職給付費用 10」となります。
- (借方)退職給付引当金
【年金資産の増加】 - 10
- (貸方)退職給付費用
- 10
過去勤務費用の償却10・数理計算上の差異の償却15・会計基準変更時差異の償却20
過去勤務費用を10償却し、数理計算上の差異を15償却し、会計基準変更時差異を20償却するということは、合計で45だけ未認識項目の(借方)残高を減少させることを意味します。未認識項目が45減少すれば、「DBO-年金資産-未認識項目」で算定される退職給付引当金は45増加します。
退職給付引当金は、貸方(右側)の科目ですので、退職給付引当金を増加させるという意味で、「(貸方)退職給付引当金 45」となります。
一方、「3つの未認識項目の当期償却額は、退職給付費用の6つの構成要素のうちの3つ」ですので、合計で45の未認識項目償却額の分だけ退職給付費用が増加します。退職給付費用は、借方(左側)の科目ですので、退職給付費用を増加させるという意味で、「(借方)退職給付費用 45」となります。
(注:ここでは、未認識項目が借方残高(=損失方向の残高)であるという前提で解説していますが、貸方残高(=利益方向の残高)であることもあります。その場合は、未認識項目の正負が反対になります。)
- (借方)退職給付費用
- 45
- (貸方)退職給付引当金
【未確認項目(借方残高)の減少】 - 45
「2.キャッシュアウト項目」による仕訳
退職一時金制度からの支払20
会社が、退職一時金制度から退職者に対して退職金を支払うことにより、従業員等に対する支払義務が小さくなりますので、「従業員等に対する退職給付の支払義務を現在価値に直したDBO」も減少します。そのDBO減少額は支払額と同じ20であるとみなします。したがって、DBOが20減少すれば、「DBO-年金資産-未認識項目」で算定される退職給付引当金は20減少します。
退職給付引当金は、貸方(右側)の科目ですので、退職給付引当金を減少させるという意味で、「(借方)退職給付引当金 20」となります。一方、退職一時金制度からの支払は、会社本体が持っている現金預金を退職者へ支払うことを意味しますので、現金預金という資産、すなわち借方(左側)の科目を減少させるという意味で、「(貸方)現金預金 20」となります。
- (借方)退職給付引当金
【DBOの減少】 - 20
- (貸方)現金預金
- 20
年金掛金の拠出100
会社が、年金制度に対して、掛金100を拠出することにより、年金資産は100増加します。年金資産が100増加すれば、「DBO-年金資産-未認識項目」で算定される退職給付引当金は100減少します。
退職給付引当金は、貸方(右側)の科目ですので、退職給付引当金を減少させるという意味で、「(借方)退職給付引当金 100」となります。一方、年金掛金の拠出とは、会社本体が持っている現金預金を年金制度へ支払うことを意味しますので、現金預金という資産、すなわち借方(左側)の科目を減少させるという意味で、「(貸方)現金預金 100」となります。
- (借方)退職給付引当金
【年金資産の増加】 - 100
- (貸方)現金預金
- 100
年金制度からの支払30
年金制度から退職者または年金受給者に対して一時金給付または年金給付を支払うことにより、従業員等に対する支払義務が小さくなりますので、DBOも減少します。そのDBO減少額は支払額と同じ30であるとみなします。したがって、DBOが30減少すれば、「DBO-年金資産-未認識項目」で算定される退職給付引当金は30減少します。
しかし、一方で、年金制度から退職者または年金受給者に対して30の支払を行うことにより、年金制度が保有している年金資産も30減少します。年金資産が30減少すれば、「DBO-年金資産-未認識項目」で算定される退職給付引当金は30増加します。
結果として、借方と貸方の勘定科目と金額が「退職給付引当金30」で一致するので、貸借相殺して「仕訳なし」ということになります。
- (借方)退職給付引当金
【DBOの減少】 - 30
- (貸方)退職給付引当金
【年金資産の減少】 - 30
- (貸借相殺)仕訳なし
その他:割増退職金の支払
退職一時金制度における割増退職金の会計処理は、当該割増退職金がDBOの評価対象に含まれているか否かで分かれることになります。
DBOに割増退職金分が含まれている場合
DBOに割増退職金分が含まれている場合には、当該割増退職金の支払いによりDBOが減少しますので、「退職一時金制度からの支払」と同様に、「DBO-年金資産-未認識項目」で算定される退職給付引当金を減少させる必要があります。
- (借方)退職給付引当金
【DBOの減少】 - XX
- (貸方)現金預金
- XX
DBOに割増退職金分が含まれていない場合
DBOに割増退職金分が含まれていない場合には、当該割増退職金の支払いによってDBOは減少しません。また、年金資産や未認識項目にも影響しませんので、退職給付引当金は変動しないことになります。したがって、当該割増退職金の支払額を「退職給付費用」として費用処理することになります。
- (借方)退職給付費用
- XX
- (貸方)現金預金
- XX
退職給付会計ワークシート
退職給付引当金の算定について、「フローベース」・「ストックベース」のそれぞれを解説し、また係る仕訳について述べました。「退職給付会計ワークシート」を作成することで、これらの関係性が整理され、退職給付会計の会計処理を行なうために必要なすべての数値が把握できます。
退職給付会計ワークシートの構造
退職給付会計ワークシートは、「退職給付B/S」、すなわち「退職給付引当金=退職給付債務(DBO)-年金資産-未認識項目(過去勤務費用、数理計算上の差異、会計基準変更時差異)」という「退職給付引当金算定式(ストックベース)」が基本になっています。
まず、左から「退職給付B/Sの期首実績の欄(上図A列)」に退職給付引当金の増加要因である「退職給付費用の欄(上図B列)」と減少要因である「年金掛金/給付金支払の欄(上図C列)」を加減して、「退職給付B/Sの期末予定の欄(上図D列)」を作成しています。次に、この「退職給付B/Sの期末予定の欄(上図D列)」と、期末のDBO等の実績を入力した「退職給付B/Sの期末実績の欄(上図F列)」との差額として「数理計算上の差異当期発生額の欄(上図E列)」を作成しています。そして、このA~Fの各列を縦集計した最下段の数値が、「退職給付引当金」の構成要素となっているのです。
退職給付会計ワークシートにおけるカッコ( )の意味
退職給付会計ワークシートにおけるカッコは、マイナス、すなわち「退職給付B/S上の負債項目(例:DBO)の残高」および「その増加額」、そして「退職給付B/S上の資産項目(例:年金資産)の減少額」を意味しています。反対に、カッコがない場合は、プラス、すなわち「退職給付B/S上の資産項目(例:年金資産)の残高」および「その増加額」、そして「退職給付B/S上の負債項目(例:DBO)の減少額」を意味しています。
数値例による解説
退職給付債務の期首から期末への推移
A列:退職給付債務は「退職給付B/S上の負債項目」ですので、期首実績残高750にはカッコが付いています。
B列:「退職給付費用の欄(B列)」において、勤務費用100と利息費用15を計上するということは、「勤務費用と利息費用の累積=退職給付債務」という関係を前提とすると、退職給付債務という負債項目が増加したことを意味しますので、それぞれカッコ付きの100と15を入力します。
C列:「年金掛金/給付金支払額(C列)」において、退職一時金制度からの支払額20、年金制度からの支払額30の分だけ、退職給付債務という負債項目が減少したとみなしますので、それぞれカッコなしの20と30を入力します。
D列:A列の期首残高にB列とC列の金額を加減することにより、負債項目である退職給付債務の期末予定残高という意味でカッコ付きの金額815(=750+100+15-20-30)が算定されます。
E列:F列に入力された期末実績の退職給付債務の金額1000とD列にて算定した期末予定の退職給付債務の金額815との差額として、当期末に退職給付債務から発生した数理計算上の差異185が算定されます。
年金資産の期首から期末への推移
A列:年金資産は「退職給付B/S上の資産項目」ですので、期首実績残高400にはカッコが付いていません。
B列:「退職給付費用の欄(B列)」において、期待運用収益10を計上するということは、年金資産という資産項目が10増加したとみなすことを意味しますのでカッコなしの金額10を入力します。
C列:「年金掛金/給付金支払額(C列)」において、掛金拠出額100の分だけ年金資産という資産項目が増加しますので、カッコなし100を入力します。また、年金制度からの支払額30の分だけ年金資産という資産項目が減少しますので、カッコ付きの30を入力します。
D列:A列の期首残高にB列とC列の金額を加減することにより、資産項目である年金資産の期末予定残高という意味でカッコなしの金額480(=400+10+100-30)が算定されます。
E列:F列に入力された期末実績の年金資産の金額500とD列にて算定した期末予定の年金資産の金額480との差額として、当期末に年金資産から発生した数理計算上の差異20が算定されます。
未認識項目(例:数理計算上の差異)の期首から期末への推移
A列:3つの未認識項目のうち、未認識数理計算上の差異の期首実績残高は、この例では、年金資産と同じく借方残高(=損失方向の残高)となっています。つまり「退職給付B/S上の資産項目」となっていますので、期首実績残高100にはカッコが付いていません。
B列:「退職給付費用の欄(B列)」において、数理計算上の差異の当期償却額15を計上しています。資産項目を償却する、つまり資産項目を減少させるという意味でカッコ付きの金額15を入力します。
C列:「年金掛金/給付金支払」というキャッシュアウト項目は通常、未認識項目の残高に影響しないので、何も入力しません。
D列:A列の期首残高にB列の金額を加減することにより、年金資産と同じく借方残高(=損失方向の残高)すなわち資産項目の期末予定残高という意味でカッコなしの金額85(=100-15)が算定されます。
E列:退職給付債務に関する数理計算上の差異当期発生額185(損失方向)と年金資産に関する数理計算上の差異当期発生額20(利益方向)を合算した金額165(損失方向)が数理計算上の差異当期発生額となります。この数理計算上の差異当期発生額165(損失方向)を未認識数理計算上の差異残高に加算する必要がありますので、未認識数理計算上の差異残高の行に165(損失方向)を転記します。
F列:D列における期末予定残高85(借方残高=損失方向)にE列における未認識数理計算上の差異当期発生額165(損失方向)を加算することによりF列における期末実績残高250(借方残高=損失方向)が算定されます。ここでは最終的に年金資産と同じく借方残高となっていますので、「退職給付B/S上の資産項目」としてカッコなしの金額250となっています。
なお、その他の未認識項目(過去勤務費用と会計基準変更時差異)についても、E列における数理計算上の差異当期発生額の処理が不要であることを除き、基本的に上記と同じ処理となります。
退職給付引当金の期首から期末への推移
退職給付会計ワークシートのゴールである「退職給付引当金」の行の数値は、A列~F列を縦に集計することにより算定され、これがそのままB/S退職給付引当金を表すことになります。
A列:退職給付引当金の期首実績残高160は、負債項目という意味でカッコ付きの金額となっています。
B列:退職給付引当金の増加要因である当期の退職給付費用150が、負債項目である退職給付引当金の増加額という意味でカッコ付きの金額として算定されます。
C列:退職給付引当金の減少要因である退職一時金制度からの支払額20と掛金拠出額100の合計額120が、負債項目である退職給付引当金の減少額という意味でカッコなしの金額として算定されます。
D列:A列の期首残高にB列とC列の金額を加減することにより、負債項目である退職給付引当金の期末予定残高という意味でカッコ付きの金額190(=160+150-120)が算定されます。
E列:「数理計算上の差異の欄(E列)」は、退職給付債務に関する数理計算上の差異当期発生額185(損失方向)と年金資産に関する数理計算上の差異当期発生額20(利益方向)を合算した金額165(損失方向)を全額、未認識数理計算上の差異の行に転記しますので、退職給付引当金の行の数値は必ずゼロになります。
F列:「数理計算上の差異の欄(E列)」が必ずゼロになりますので、D列における退職給付引当金の金額がそのままF列の金額となります。
このF列の金額が、カッコ付きではなくカッコなしの金額となった場合には、退職給付引当金ではなく前払年金費用として会社本体のB/Sに資産計上されることになります。
なお、F列の縦集計は、ストックベースの退職給付引当金算定式(当期末の退職給付引当金190=退職給付債務1000-年金資産500-未認識項目310)を表しており、一方、退職給付引当金の行は、フローベースの退職給付引当金算定式(当期末の退職給付引当金190=当期首の退職給付引当金160+退職給付費用150-掛金拠出額100-退職一時金制度からの支払額20)を表しています。
退職給付会計において期中で留意すべきこと
期中で制度変更を行った場合
期中で退職給付制度の制度変更等を行った場合には、制度変更による過去勤務費用や退職給付制度の終了の損益が発生します。過去勤務費用は「制度改訂日」(労使合意の結果、規程や規約の変更が決定され周知された日)、終了損益は終了時点で測定されるため、当該日付が期末以外の場合には期中で計算が必要となります。具体的には、以下のようなケースが該当します。
A.過去勤務費用が発生する場合
- 最終給与比例制からポイント制へ変更した場合
- 給付の計算に用いる支給率を変更した場合
- その他退職給付制度の水準を見直した場合
- 新たに退職給付制度を導入した場合
- 退職給付制度の対象者を追加した場合(特定の職種、非正規社員の正社員化等)等
どれも退職給付の算定式や水準が変わるような制度変更になります。
B.退職給付制度の終了に該当する場合
- 確定給付企業年金制度を解散・廃止する場合
- 退職一時金制度を廃止し過去分を清算する場合
- 退職一時金制度等の過去分を確定拠出年金制度へ移換する場合
- 希望退職等を募った場合
- 工場の閉鎖等による早期退職の場合 等
どれも過去分の給付を予定よりも早期に支払い退職給付制度の規模が小さくなるような場合になります。4,5についてはいわゆる大量退職と呼ばれるもので、ある程度大きな規模の退職が発生した場合に処理が必要なものです。その一つの目安としては『退職給付制度間の移行等に関する会計処理』(企業会計基準委員会)において「概ね半年以内に30%程度の退職給付債務が減少するような場合」と例示されています。これが一つの目安にはなりますが、その内容に応じて総合的に判断する必要があります。
C.人事制度に関する制度改訂を行った場合
- 給与体系の変更を行った場合(最終給与比例制度の場合)
- 定年年齢の変更を行った場合
直接的に退職給付に関する制度の改訂を行っていなくても、このような人事制度の改訂を行った場合にはA.と同様に過去勤務費用が発生する場合があります。退職金規程自体の変更を伴わないことも多く、忘れがちなため特に留意が必要です。
予算(決算見込み)数値の作成
退職給付費用や退職給付引当金等の退職給付会計の諸数値について、予算(決算見込み)と決算の数値で毎年大きく変動してしまい経営層への説明に困っているという相談を受けることがあります。退職給付債務計算においては様々な前提を置いて計算を行っているため、前提条件自体が変わった場合や前提と実績に乖離が見られると予算(決算見込み)と決算時で思わぬ数理計算上の差異が発生することがあります。
予算(決算見込み)と決算で退職給付会計諸数値が変動する場合
- 国債や社債の金利水準が前期末に比べて大きく変動している場合
- 財政再計算等により退職率や予想昇給率等の計算の前提を見直した場合
- 例年に比べて退職者が多かった場合や少なかった場合
- 例年に比べて昇給や昇格が多かった場合や少なかった場合
- 確定給付企業年金制度において、年金資産の運用実績が長期期待運用収益率と比べて乖離している場合
精度の高い予算(決算見込み)数値作成のため
最も簡単な対応方法としては、決算時期以外の時点で予算用の退職給付債務計算を計算委託機関へ依頼する方法があります。決算とは別に一時点追加で計算することとなりますので、一般に計算委託機関へ支払うコストが増えてしまうというデメリットはありますが、ある程度早い段階で期末の決算の見込みの数値や翌期の予算の数値が把握できるというメリットがあります。特に上記2の退職率や予想昇給率の見直しに関しては、概算では影響額を把握することが難しいため予算計算を行っておくことを勧めます。
また、毎年のように予算(決算見込み)と決算の数値の変動が大きいようなケースでは、そもそも退職給付制度設計において何か根本的な対応が必要な場合もあります。そのような場合は制度設計そのものの見直しについて検討するのもよいと思います。
複数事業主制度について
「複数事業主制度」とは、「複数の事業主が共同して一つの企業年金制度を設立している場合の当該制度のこと」をいいます。具体的には、連合型および総合型の厚生年金基金制度または確定給付企業年金制度が複数事業主制度に該当します。
複数事業主制度の会計処理
複数事業主制度特有の問題点
複数事業主制度であっても、本来であれば、退職給付会計の原則的な処理を行なう必要があります。すなわち、各事業主ごとの退職給付債務(DBO)を算定し、各事業主ごとの年金資産の時価を集計し、「DBO-年金資産-未認識項目」により、各事業主ごとの退職給付引当金を計上する必要があります。
しかし、複数事業主制度には、特有の問題点があるため、通常、この原則的な処理を行なうことができません。特有の問題点とは、「年金資産を各事業主ごとに運用しておらず一括して運用しているため各事業主ごとの年金資産残高が集計できない」という点です。
年金資産を合理的に按分できるか否か
各事業主ごとの年金資産残高が集計できないとしても、年金資産を合理的に各事業主へ按分できれば、退職給付会計の通常処理を行なうことは可能です。年金資産を合理的に各事業主へ按分できるか否かは、下記AおよびBの要件をすべてみたすか否かで判断します(下記AおよびBの要件をすべてみたす場合のみ、年金資産を合理的に按分できないと判断されます)。
年金資産を合理的に按分できるか否かの判断要件
A) 事業主ごとに未償却過去勤務債務に係る掛金率や掛金負担割合等の定めがなく、掛金が一律に決められている。
B)親会社等の特定の事業主に属する従業員に係る給付等が制度全体の中で著しく大きな割合を占めていない。
上記AおよびBのいずれか一つでもみたさない場合は、年金資産を合理的に各事業主へ按分できるケースに該当し、退職給付会計の原則的な処理を行ないます。 なお、年金資産の合理的な按分基準は、以下の1~5の方法が例示されています
年金資産の按分基準
- 「退職給付債務」の比率
- 「数理債務-未償却過去勤務債務」の比率
- 「数理債務」の比率
- 「掛金累計額」の比率
- 「年金財政計算における資産分割の額」の比率
年金資産を合理的に按分できない場合の会計処理(例外処理)
上記AおよびBの2要件をいずれもみたす場合には、年金資産を合理的に按分できない場合として、退職給付会計の原則的な処理が免除されます。
この場合の会計処理としては、掛金の要拠出額を費用処理し、期末時点で未払掛金があればこれを未払金として負債計上することになります。したがって、DBOを算定する必要はありません。ただし、年金制度全体の直近の積立状況等について注記する必要があります。
例外処理を採用している複数事業主制度に関する追加注記事項
- 年金制度全体の直近の積立状況(年金資産額、年金財政上の数理債務と最低責任準備金の合計額、その差引額)
- 年金制度全体の掛金等に占める自社の割合(または加入人数割合あるいは給与総額割合)
- 上記1.および2.に関する補足説明
退職給付債務計算でお困りなら是非ご相談ください
- 従業員数が300名に近づき、簡便法から原則法への移行を検討することになった。
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併せて、子会社についても原則法による退職給付債務を把握する必要が出てきた。 - 今依頼している委託会社の計算期間が長く、作業負荷が大きい。
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- 計算ソフトを利用しているが自分ひとりしか使えない。今後の引継ぎを考えるととても不安。
IICパートナーズでは、上記のようなお悩み相談をお客様よりお聞きします。
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