農業協同組合が期末決算にむけて押さえておくべき退職給付会計業務の8つのポイント

最終更新日:2024年2月13日
はじめに
株式会社IICパートナーズの大森です。
まもなく3月ということで多くの企業が年度末決算を迎えることと思います。企業の担当者の中には年度末決算の退職給付会計に関する業務が憂鬱だといった方もいらっしゃるかもしれません。
私が以前、所属していたJAグループも例外ではなく、ほとんどの農業協同組合(以下、JAとします)が企業と同様の会計監査を数年前から受けることになりました。
JAグループにいた当時はJA共済連という確定給付企業年金制度をJAから受託している部門の一員でしたので、決算期になるとJAのご担当者から退職給付会計や企業年金制度に関する相談を頂いていました。当時は夜22時位に退職給付会計に関するご相談をお電話で頂いていたものの立場的にお答えしづらいご質問も多く、歯切れの悪い対応をしてしまった思い出もあります。
今回のコラムでは当時、JAのご担当者からよくご相談頂いていたご質問や弊社へ退職給付債務計算(以下、PBO計算とします)を委託されているJAのお客様からのご質問をもとに、よく質問されるテーマについてQ&A形式でまとめております。
是非、決算期の前の知識の確認にお役立てください。
目次
- Q1 :長期期待運用収益率は何パーセントですか?
- Q2 :退職給付債務より年金資産が大きい場合、どうしたらよいですか?
- Q3 :退職給付債務の補正計算とは何ですか?
- Q4 :PBO計算には昇給率、退職率、死亡率等の確率が必要とのことですが、どのように算定しますか?
- Q5 :重要性基準に抵触していないか監査法人から質問がありました。どうしたらわかりますか?
- Q6 :監査法人から数理計算上の差異がなぜ例年と比べて大きいのか聞かれています。数理計算上の差異の発生要因はどんなものがありますか?
- Q7 :4月1日付で退職金制度を変更しますが、第3四半期から過去勤務費用を計上するよう監査法人から要請がありました。過去勤務費用とは何でしょうか?また、4月1日であれば来期の決算で会計上、認識すればよいのではないでしょうか?
- Q8 :計算委託先から提供された退職給付債務の計算結果は0%と1%の2つの割引率を使用した計算結果です。当JAの決算では重要性基準により0.6%の割引率を使用したPBO計算結果を決算に使用しています。どうしたらよいでしょうか?
Q1.長期期待運用収益率は何パーセントですか?
長期期待運用収益率は確定給付企業年金制度といった外部積立制度の運用利回り等をもとにJA(民間企業の場合は企業)が決めるもので、外部積立制度の実施先が「この率です」と決めたり、PBO計算の際に計算できるものではありません。
退職給付会計に関する会計基準の適用指針25項においては次の通り記載されています。
『長期期待運用収益率は、年金資産が退職給付の支払に充てられるまでの時期、保有している年金資産のポートフォリオ、過去の運用実績、運用方針及び市場の動向等を考慮して設定する。』
実務的には確定給付企業年金制度の財政決算報告書に記載されている時価ベース利回りや運用商品の期待収益率をもとに検討します。
確定給付企業年金制度を導入しているJAであれば時価ベース利回り(手数料控除後)を長期期待運用収益率として設定するケースがほとんどですが、JA特有の会計慣行として特退共(特定退職金共済制度)を確定給付型の外部積立制度とし、給付還元利率を長期期待運用収益率として設定しています。このあたりは特退共制度を実施している団体から通知される給付還元利率を参考に監査法人や中央会、その他のアドバイザリー会社からの助言をふまえ決定することが良いでしょう。
(注) 最近の顧客対応では、JAの会計慣行による会計処理ではなく次のコラムのように会計処理を行なっているJAも見られます。特退共制度を年金資産としてみなしていないJAの場合は次のコラムを参照してください。
⇒ 退職給付会計において中小企業退職金共済制度はどのように扱うか?
Q2.退職給付債務より年金資産が大きい場合、どうしたらよいですか?
退職給付債務を超えた年金資産の額を「前払年金費用」という項目で資産に計上します。*個別財務諸表の場合
Q3.退職給付債務の補正計算とは何ですか?
外部に計算を委託している場合、期中にPBO計算の結果が納品されることが一般的です。期中に提供された計算結果は評価日が決算日前のどこかの月末時点であったり、PBO計算に使うイールドカーブ(利回り曲線)が決算日より前の基準日のものだったりします。そのため、外部委託先から報告されたPBO計算結果を使い、決算日の数値に置き換える(決算日の数値として使えるよう調整する)ことが必要になります。これを補正計算といいます。
*より詳しく知りたい方は以下の弊社情報サイトのコラムをご覧ください。
(参考コラム)
転がし方式による退職給付債務等の調整計算
Q4.PBO計算には昇給率、退職率、死亡率等の確率が必要とのことですが、どのように算定しますか?
計算ソフトを使用されている場合は計算結果を算出するまでに計算ソフトの機能でほぼ自動的に昇給率、退職率といった確率が作成されます。死亡率は計算ソフトの販売元から提供されますので計算ソフトに取り込む必要があります。今期決算は新しい死亡率(第22回国民生命表に基づく死亡率)が公表されていますので、死亡率を洗い替えるJAが多いと思います。決算期にバタバタしないように計算ソフトの販売元や計算委託先に事前にご相談されることをお勧めします。
その他、計算ソフトや計算委託先が作成しない、つまりJA自身が決める確率があります。具体的には一時金選択率です。
*一時金選択率の設定方法は以下のページで解説していますのでより詳しく知りたい方はご覧ください。
(参考ページ)
予想再評価率と一時金選択率
Q5.重要性基準に抵触していないか監査法人から質問がありました。どうしたらわかりますか?
以下のコラムにまとめて解説しておりますのでご覧ください。
(参考コラム)
割引率の10%重要性基準適用の是非
*弊社へ計算を委託されているJAのお客様の場合は重要性基準を適用して毎期、継続適用している割引率と毎期の決算日のイールドカーブをもとに算定した割引率を使用した2つの計算結果を報告しております。重要性基準の10%の範囲内に収まっているかどうかは報告書で確認できるため不明点ございましたら計算担当者へお問い合わせください。
Q6.監査法人から数理計算上の差異がなぜ例年と比べて大きいのか聞かれています。数理計算上の差異の発生要因はどんなものがありますか?
数理計算上の差異はPBO計算の過程で直接的に発生するものではなく、退職給付引当金を算出するまでの会計処理の過程で認識することになります。ほとんどのJAは特退共か確定給付企業年金制度を導入していますので、退職給付債務の期末の実績値と予測値のズレと年金資産の期末の実績値と予測値のズレをそれぞれ数理計算上の差異として認識します。例年と異なる傾向の数理計算上の差異が発生した場合は計算委託先に相談しつつ回答できるようにしておきましょう。
(参考コラム)
数理計算上の差異の発生要因とは
Q7.4月1日付で退職金制度を変更しますが、第3四半期から過去勤務費用を計上するよう監査法人から要請がありました。過去勤務費用とは何でしょうか?また、4月1日であれば来期の決算で会計上、認識すればよいのではないでしょうか?
過去勤務費用とは一言でいえば、退職金制度を変更する前と後での退職金の給付水準の差を費用処理するものです。似たような用語で数理計算上の差異というものがありますが数理計算上の差異は決算日における退職給付債務や年金資産の予測値と実績値の差額のことです。過去勤務費用は変更された退職金制度の施行日ではなく、組織決定され組合の職員に周知した日に認識します。そのため、4月1日施行なのに第3四半期から退職給付費用として費用処理しなければならず、退職給付費用が想定していた値と大きくズレてしまうということがあります。退職金制度の変更を予定している場合は外部の専門家の助言を受けつつ、監査法人へ退職金制度の見直しの内容を共有しつつ進めることをお勧めします。
(参考コラム)
期中で過去勤務費用を算出する際の留意点
Q8.計算委託先から提供された退職給付債務の計算結果は0%と1%の2つの割引率を使用した計算結果です。当JAの決算では重要性基準により0.6%の割引率を使用したPBO計算結果を決算に使用しています。どうしたらよいでしょうか?
PBO計算を外部に委託している場合は決算日の割引率が何パーセントになるかわかりませんので0.6%という割引率のPBO計算結果を0%と1%の計算結果をもとに補正計算ツール等で算出できるよう2つの計算結果が報告されることが一般的です。
計算委託先から0%と1%の計算結果の提供とあわせて補正計算ツール(Excelマクロなど)が提供されていると思います。要領書に従って2つの計算結果をツールに取り込み、手順通り操作すれば0.6%の計算結果を算出することができます。
おわりに
弊社では上記のQ&Aでご紹介したような作業をJA側で対応頂くことによるヒューマンエラーの削減のため、補正計算はお客様にさせず、退職給付引当金の算出といった会計処理までを委託先である弊社側で行い、最終的に決算作業にそのまま使える数値を提供しています。退職給付債務計算サービスを外部委託している企業がストレスに感じることの多くは計算委託先の事情によるものが大きく、このようなフルサポート型のサービスは弊社へ委託されているJAのお客様からも好評を頂いております。ストレスに感じることがあれば業務委託先と改善ができないものかご相談されるのが良いと思います。
*今回、ご紹介したQ&A以外でわからないことがあれば個別相談も承っておりますので遠慮なくお問合せフォームからご相談ください。
また、お知らせとなりますが、JA金融法務2021年2月号に解説記事『押さえておきたい 令和三年以降の年金知識・法改正のトピックス』を寄稿しました。公的年金の知識がない方でも読みやすいよう工夫しています。回覧などでお手元に届きましたら是非、ご覧ください。
退職給付会計に関するPDF資料も当情報サイトPmasから無料でダウンロードできます。コンパクトに情報が充実しておりますので、是非、ダウンロードして頂いて年度末決算業務に備えて頂ければと思います。
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※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
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この記事を書いた人 大森 祥弘 東京本社:新規営業・アライアンス担当 |
全国共済農業協同組合連合会(JA共済連)全国本部にて適格退職年金制度の移行、企業年金コンサルティング及び年金管理事務やシステム改定に従事した後、トヨタグループの管理部門を経て、IICパートナーズに入社。 JAグループへの公認会計士監査対応支援、国内金融機関への退職給付会計業務支援、運営管理機関へのDC運営管理業務支援などのアドバイザリー業務に従事。 |