割引率の10%重要性基準適用の是非
割引率の10%重要性基準は日本の会計基準においては明文化された日本独自のルールです。国際会計基準ではどこにも記載されておりません。一般に会計の世界では「重要性」と言う概念は割引率に限らずに存在し、重要性がある・ないと言うのは企業が金額的水準等を勘案して検討します。こと日本基準のさらに割引率においては、これが明確にルール化されているだけとも言えます。
割引率の10%重要性基準の判定方法
割引率は、毎期末に見直すことが原則ですが、退職給付債務(DBO)に重要な影響を与えないと認められる場合には見直さないことができます。その判断基準が「退職給付に関する会計基準の適用指針」第30項では次の通り示されています。
重要な影響の有無の判断にあたっては、前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときには、重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算しなければならない。 |
実務的には一般に次のいずれかの方法で判定を行います。
1. 前期末と当期末の2種類の割引率で実際にDBOを計算して判定
2. 目安の表を参照
2. については日本年金数理人会・日本アクチュアリー会の「退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」の付録1に記載されています。前期末の割引率とデュレーションのマトリックスになっており、この2つの情報からDBOの変動の10%の範囲内に収まる割引率の目安がわかります。
またこの目安の表は単一の加重平均割引率を使用する事を前提としております。従って直接アプローチの場合には一般に 1. の方法で判定を行います。
割引率の10%重要性基準の適用の是非
IICパートナーズの調査では、この重要性基準は7割を超える企業で現在も採用されています。このように多くの企業で採用されている基準ですが、これから原則法を適用する企業はこの基準を使った方がいいのでしょうか、それとも使わない方がいいのでしょうか。少し考察してみたいと思います。
まず、数理計算上の差異の一般的な処理方法について簡単に見ておきます。以下の通りです。
・ 個別財務諸表 → 発生時には一旦未認識額となり翌期から平均残存勤務期間以内の一定年数で償却
・ 連結財務諸表 → B/S上はその他の包括利益累計額に計上し、翌期から平均残存勤務期間以内の一定年数で償却
いずれの場合でも、P/L上は発生額を一時の費用として認識しなければならない訳ではなく一定年数に渡って償却する事が可能です。よって、重要性基準に抵触したとしてもその影響を一定年数に渡ってP/L上は徐々に発生させる事が出来ます。従って重要性基準の適用に当たってはこの償却年数も合わせて検討する必要があります。
次に割引率の水準を見てみると、現在のような超低金利下では今後割引率の重要性基準を適用するのは金利が上昇局面になってからと考えられます。一般的なケースを例にとってみると…
・ 割引率の設定方法:デュレーションアプローチ
・ デュレーション:10年
・ 20xx年3月末の割引率:0.3%
⇒ マイナスまで考慮している重要性の目安の表(「割引率の10%重要性基準の目安の表を作ってみよう」参照)より-0.6%~1.3%であれば割引率の変更は不要
よってこの例の場合は、次に割引率の見直しが必要となるのは1.4%に引き上げられる時と考えられます。割引率の引き上げと言う事は、DBOは減少し、益が出る方向の差異が発生する事になります。このような状況下であれば重要性基準の適用も選択肢としては考えられるかもしれません。
このように、割引率の変更が益方向の場合であっても財務諸表上の変動の要因にはなります。また、一度割引率が上がったとしても将来的にはまた下落する可能性も十分に考えられます。このような点に懸念があるような場合には、重要性基準による(ややギャンブル的な)安定性ではなく、重要性基準を外してかつ数理計算上の差異の償却を比較的長期に設定する事でP/Lに与えるインパクトを極力小さくするという選択肢も考えられます。
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