JA合併における退職金制度の対応と『JA退職給付のグランドデザイン』
事業推進部の大森です。当コラムではIICパートナーズでのここ数年の農業協同組合(以下JAとします)様への対応をふまえ、JA合併の際に退職金制度において論点になる課題と対応策を解説します。
また、昨年(2020年)の9月に弊社とお取引頂いているJA様を中心に参加頂きました「JA退職給付会計セミナー2020」で取り上げた退職金制度のビジョン策定で考えて頂きたい『JA退職給付のグランドデザイン』についてもご紹介したいと思います。
JA合併と民間企業の合併の違い
まずJA合併の特殊性について触れたいと思います。民間企業ですとグループ内再編やM&A等により被合併会社1社を統合するというケースが多いかと思いますが、JAの場合は1JA構想(1つのJAが1つの県域をカバーする)に基づき1度に複数のJAが合併するというケースが頻繁にあります(地域を分けて、段階を踏むケースもあります)。
また、合併形態も吸収合併や新設合併とありますが、“吸収合併”といっても民間企業のような営利追求の事業再編といったものが目的ではなく、財務基盤の強化や経営管理体制の高度化が目的になります。そのため、民間企業の”吸収合併”のイメージと異なり、合併しても合併前のJAごとに広域ブロックといったものが設けられ実質的には合併前のJAごとに事業が存続する点が特徴です。
上記を理由として、退職金制度の観点では例えば10以上のJAが1度に合併するということもありますので、10以上の退職金制度を1つに統合するといったこともあります。ここで、“JA”といういわば“同じ看板”を掲げているため退職金制度も全て共通と誤解されがちですが、各JAの退職金制度の内容は様々です。外部積立制度(特退共や確定給付企業年金)の導入状況や退職金の算出方法(ポイント制、給与比例制)も全て異なります。JAごとに退職金制度の内容が異なる理由は諸説ありますが、今あるJAもほとんどが今日までに合併を経験してきているため複雑化している傾向もあります。
また、いざ合併の際には順風満帆でスムーズに進むということはまれで、合併に参加しないJAもあれば合併構想自体とん挫するケースもあります。合併はJAの場合、前述のとおり民間企業と異なり営利追求を目的にするのではなく、いわばJAグループ全体の方針に基づいた財務基盤の強化や経営管理体制の高度化が目的になります。
JA合併に関して解説すれば大学の農学部には農業協同組合論という科目がある位で、JAグループ出身の私からすると卒業論文が書ける位語れますが、イメージして頂きやすいことをピックアップすれば例えば、JAグループはCMでおなじみのJAバンクやJA共済といった金融・保険事業も営んでいますが金融業・保険業としての省庁や関係法令の要求水準は他の金融機関と変わりませんし、信用金庫や地方銀行以上の貯金残高を有しているJAも多く、負債が200億円以上とみなされるため農協改革の一環として公認会計士監査の導入も行われました。いわば、事業継続のために求められる水準をクリアするために合併するとも言えます。そのため、各JAの利害を「総合調整」できなければ合併に至らないケースもあるわけです。
JA合併における退職金制度の対応策
合併JAにおける退職金制度のコンサルティングは合併構想をふまえ、「総合調整」が成功した段階で急ピッチで行います。この期間は1年もないといったケースも頻繁にあります。
合併後のJAの退職金制度をゼロベースで制度設計するというケースはなく、ベースとなるJAを決めて、そのJAの退職金制度に他のJAの退職金制度を取り込むということが一般的です。これは2つ理由があると考えています。1つは合併協議の段階で合併後JAの退職金制度をゼロイチで議論するだけの時間がないこと、2つ目に合併JAが県内1JAでなければ、また中長期の期間を経て合併する可能性があるからです。
そのため、合併時の退職金制度のコンサルティングは被合併JAの退職給付債務をはじめとした退職給付引当金を構成する要素の調査や合併後のJAの退職給付債務や退職給付費用の中期シミュレーションが中心になります。この調査やシミュレーションの際には被合併JAが簡便法で退職給付債務を計算している場合ですと合併後は原則法で退職給付債務を評価することになりますので退職給付債務や退職給付費用がたいてい増加します。ここで議論になるのが退職給付債務の増加額を合併時に一時損益として認識するか、過去勤務費用として認識するか等です。ここでは“JA会計”とも言えますが、農協法や会計監査導入前からの会計の慣行を考慮しての会計処理の判断が必要になります。
また、外部積立で確定給付企業年金を導入しているJAがある場合は合併を契機として確定給付企業年金を終了するか、合併後のJAに導入するか(ベースとなるJAが確定給付企業年金を実施している場合は被合併JAを確定給付企業年金に加入させるか)といった点を協議することになりますのでいくつかのシナリオに基づいた調査分析や経過措置の検討を行う必要があります。
*確定給付企業年金の前身である適格退職年金制度ですと合併時に限って特退共へ移管ができましたが、確定給付企業年金だと特退共へ移管できませんので注意が必要です。
ただし、前述の課題に対応するために最も重要な解決策は合併におけるステークホルダーを巻き込んだ「総合調整」になります。被合併JA、存続JA、合併協議会、理事会、特退共事業の受託団体、確定給付企業年金の受託団体、農業協同組合中央会をはじめとした経営支援団体…、退職金制度1つとってもステークホルダーは様々です。そのため、JA合併にあたり限られた時間で退職金制度に関して合併構想に参加したJAの合意を得るには「総合調整」の意味を理解し、JA特有の作法、いわば“流儀”を尊重して合意プロセスを踏める必要があります。
この“流儀”がわからないと退職金制度のコンサルティングに限りませんが、正解を提示しても調整不調に終わります。これはJAが民間企業と異なり、1人1票制により民間企業でいうところの株主総会が行われていることによると考えています。持ち株数に基づく優越権がなく、いわば株主1人1人の権利が平等なので、組織的には合意形成できたことが正解になるというのが特徴といえます。そのため最も合併対応に必要なのは「声なき声を把握する能力」と調整力になります(この点は各県の合併事務局も苦労されていると思います)。
弊社が民間企業でありながら、JA合併等の退職金制度のコンサルティングにおいてご信頼を頂いているのは、JAグループの流儀や作法を理解しているからです。これはJAグループの元職員であれば得られるものではありません。私の場合は、系統団体にいた頃に幸いにも多くのJAや関連団体の職員の方に鍛えて頂く機会に恵まれたのだと思います。
『JA退職給付のグランドデザイン』
ここまででJA合併特有の課題と対応について解説しました。ここからはJA合併にあたり昨年のウェビナーでご紹介しました『JA退職給付のグランドデザイン』について少しご紹介します。
前述のとおりJA合併という1時点において課題となるのは一言でいえば、JAを統合した際の退職給付債務の計算方法や統合後の退職金制度における外部積立制度の是非になります。対応策は影響調査と中長期の影響分析になります。なぜなら合併の目的が財務基盤の強化や経営管理体制の高度化だからです。
一方、退職金制度の観点でJA合併に関係する方々に是非持っていただきたいのが1JAを複線的なゴールとしながら柔軟性のある退職金制度を取り入れてほしいということです。これはウェビナーの中では圃場に例えて説明しました。少し恥ずかしさもありますが、私の郷里の農業やJAとの関係性に関して触れつつ、例え話で説明しました(こういった話をウェビナーでできるというのはお客様との信頼関係あってのことだと思います 苦笑)。
圃場と退職金制度の共通点はなんだと思いますか?“ストック”であるということです。退職金は毎月の給与のようなフロー型の賃金ではなくストック型の賃金です。同様に圃場も長い年月をかけて土壌を良くしないと良い農産物は作れません。また、地域の圃場を維持するべく農業も集落ぐるみでの営農(集落営農)や大規模化が進んでいます。退職金制度の見直しと構えると専門性が必要になると手をこまねいてしまいやすいですが、数年後、十数年後の管内の地域の農業をどう考えるかということと答えは同じです。
誤解されそうですが、JA合併や1JA化はJA経営の絶対的な解決策ではありません。合併しないという選択肢を取り、管内の農産物のブランド化に成功し収益力を強化しているJAもあります。弊社がお手伝いしているJAには合併せずに現状の体制でJA経営を続けることと合併のステップを踏んでいくこととの両面に進める柔軟性を持った視点での制度を勧めています。
是非、各JAだけで退職金制度を考えるのではなく、県域内の繋がりを活かして『JA退職給付のグランドデザイン』を話し合ってみてください。
*前年度好評を頂きましたので、今年度もJA様向けウェビナーを実施予定です。是非、ご参加ください。
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
関連サービスはこちら
公認会計士監査へ向けて自組合で計算した退職給付債務の検証サービスをはじめ、合併構想に伴う退職給付会計への影響把握、広域合併や自己改革のための人事制度改革(退職金制度、企業年金制度の再設計)などをJAグループ出身のコンサルタントがサポートします。 |
この記事を書いた人 大森 祥弘 東京本社:新規営業・アライアンス担当 |
|
全国共済農業協同組合連合会(JA共済連)全国本部にて適格退職年金制度の移行、企業年金コンサルティング及び年金管理事務やシステム改定に従事した後、トヨタグループの管理部門を経て、IICパートナーズに入社。 JAグループへの公認会計士監査対応支援、国内金融機関への退職給付会計業務支援、運営管理機関へのDC運営管理業務支援などのアドバイザリー業務に従事。 |