IFRSの基礎と移行によるメリット・デメリット
本稿では、「IFRSとは何なのか?」「日本企業がIFRSへ移行するメリットとデメリットは何なのか?」そして、「日本基準からIFRS移行による退職給付会計上の影響」について、概要を解説したいと思います。
【ポイント 】
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【IFRSの基礎と移行によるメリット・デメリット】
IFRSとは?
IFRS(International Financial Reporting Standards:国際財務報告基準)とは、IASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準審議会)が策定する、国際的かつ統一的な会計基準です。
各国で異なる会計基準が乱立し、決算書の国際的な比較が難しい状況を克服する目的で設定された会計基準であり、IASBによると167 の国または地域が上場企業の全て、または多くに IFRSの使用を義務付けており、さらに 12 の国または地域で、その使用が許可されています。
日本の場合、IFRSは任意適用とされているものの、適用企業数は年々増加し、IFRS適用済上場企業数は251社(2022年12月現在・日本取引所グループ)となっています。時価総額でみると、東証上場企業全体のうちIFRS適用企業の占める割合は40%を超えており、今後さらに増加することが見込まれています。
では、なぜ日本企業は、強制されていないにもかかわらず、任意でIFRSへ移行するのでしょうか? IFRS移行のメリットとデメリットを確認してみましょう。
IFRS移行によるメリットとデメリットは?
日本企業が日本基準からIFRSへ移行した場合、以下のようなメリットがあるとされています。
<IFRS移行によるメリット>
- 海外子会社を含めたグループ全体を統一した物差しで評価し、経営を効率化できる
- 海外競合企業との比較がしやすくなり、グローバル戦略を立てやすくなる
- 海外の投資家へ経営状況を説明しやすくなり、資金調達の幅が広がる
- 海外企業の買収などグローバルなM&A戦略を実行しやすくなる
- 将来キャッシュフローによる価値評価に基づくB/Sを作成できる
一方で、以下のようなデメリットがあるとされています。
<IFRS移行によるデメリット>
- 一般的な日本企業の場合、単体決算は日本基準で行い、連結決算をIFRSで行うことになり、決算業務の負荷がかかる
- IFRS移行に伴うアドバイザリー報酬や追加の監査報酬、あるいはシステム投資などのコスト負担が発生する可能性がある
- 日本のビジネス慣行や法令にフィットしていないIFRSの規定について、解釈や取扱いが困難となる可能性がある
このようなデメリットを負担しても、それを上回るメリットがあるという判断で、グローバル企業からIFRS移行が進みましたが、さらに近年ではベンチャー企業でも最初からIFRSで上場するケースが増えています。
IFRS移行による退職給付会計上の影響は?
日本基準からIFRSへ移行した場合、退職給付会計上は、主に以下のような影響があります。
IFRS移行による退職給付会計上の影響
日本基準からの変更内容 | 影響度 | 財務・業績への影響 | |
---|---|---|---|
A | 期間帰属方法の変更 | ◎~△ | B/S純資産の増減 |
B | 期待収益率の廃止 | △ | 純利益の減少(一般的に) |
C | 数理差異のその他の包括利益への一括計上 | ◎ | 純利益の安定化 |
D | アセットシーリングによる資産計上の制限 | ○~△ | B/S純資産の減少 |
E | 簡便法適用企業の減少 | ○ | B/S純資産の減少(一般的に) 純利益の安定化 |
F | 過去勤務費用の純利益への一括計上 | ○~△ | 純利益の不安定化 |
A)期間帰属方法の変更
期間帰属方法について、日本基準では給付算定式基準と期間定額基準の2つが認められています。
一方IFRSでは、給付算定式基準しか認められていません。そのため、期間定額基準を採用していた日本企業の場合、IFRS移行によりDBO(確定給付債務)が増減し、B/S純資産が増減する可能性があります。
B)期待収益率の廃止
日本基準では、年金資産に長期期待運用収益率を乗じて期待運用収益を算定します。
一方IFRSでは、制度資産に長期期待運用収益率ではなく、割引率を乗じることにより利息収益を算定します。
一般的には、長期期待運用収益率よりも割引率の方が低いので、期待運用収益よりも利息収益は小さくなり、その結果、純利益が減少する可能性があります。
C)数理差異のその他の包括利益への一括計上
日本基準では、数理差異(数理計算上の差異)について、平均残存勤務年数以内の一定年数により分割するなどして純利益に計上します。
一方IFRSでは、数理差異の当期発生全額をその他の包括利益に一括計上し、純利益には計上しません。
その結果、純利益は安定することになります。これは大きなメリットであると考えられています。
D)アセットシーリングによる資産計上の制限
アセットシーリング(資産計上の上限規定)とは、積立超過の場合に、企業本体のB/Sに計上できる資産を「資産上限額」に制限する規定です。 日本基準ではアセットシーリングが存在せず、IFRSでは存在します。
その結果、日本基準よりもIFRSの方が、退職給付に係る資産(純確定給付資産)が小さくなり、B/S純資産も小さくなります。
E)簡便法適用企業の減少
日本基準では従業員数300名未満の場合に簡便法が認められています。
一方、IFRSでは簡便法が認められておらず、より限定された範囲で平均・簡便的なDBO近似値の使用が認められているにすぎません。一般的には数十名程度であっても原則法によるDBOの計算が求められるケースがあります。
その結果、低金利環境下では割引率が低く、原則法によるDBOが簡便法よりも大きく算定され、B/S純資産が減少する傾向にあります。
さらに、日本基準における簡便法では、数理差異に相当する金額が自動的に当期の純利益に一括して計上されてしまう仕組みであるため、IFRS移行により簡便法適用企業数が減少すれば、数理差異相当額が純利益を大きく変動させるリスクが小さくなります。
これは、あまり知られていませんが、IFRS移行による隠れたメリットと言えるかもしれません。
F)過去勤務費用の純利益への一括計上
日本基準では、給付水準等の改訂によるDBOの増減額である過去勤務費用を純利益に計上する際に、平均残存勤務年数以内の一定年数等により分割することができます。
一方、IFRSでは、過去勤務費用も、当期勤務費用と同じく労働の対価としての基本部分として、発生全額を一括して純利益に計上します。その結果、制度改訂等により過去勤務費用が発生した年度については、日本基準よりもIFRSの純利益の方が変動することになります。
まとめ
総じて、IFRSに移行した場合、制度改訂等がなければ、退職給付会計上は、日本基準よりも純利益が安定化する傾向にあると考えて頂いて良いかと思います。
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※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
この記事を書いた人 代表取締役社長 公認会計士 中村 淳一郎 |
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1996年早大商学部卒。 (現)有限責任監査法人トーマツを経て現職。 コンサルティング・監査・経理・人事の実務経験に基づいた「本質をつく解説」と「体系的に整理した資料」に定評。 都銀向け退職給付会計講座など講演実績240回超。「週刊経営財務」、「月刊企業年金」、「CFO FORUM」等で執筆。 |