退職給付会計の実務とは-3-計算までに準備することは?

前回は、退職給付会計業務についての全体像をざっくりと理解する為に、業務を5つのステップに分け、それぞれステップについて概要を説明しました。 今回は第三回目として、計算基礎に関する方針確認と人事データの作成について詳しく説明したいと思います。
目次
- Step1 :計算基礎に関する方針確認
- Step2 :人事データの作成
今回取り上げるのは、退職給付債務を計算する迄の間、つまり準備に係るステップについて説明します。準備に該当する業務ステップは「計算基礎に関する方針確認」と「人事データの作成」になります。
Step1.計算基礎に関する方針確認
計算基礎に関する方針確認は、割引率や予想昇給率、退職率などの計算基礎を含む計算前提を確認・決定し、計算機関に計算を依頼するプロセスであり、経理・人事部門それぞれが関与すべきStepとなります。
前回も解説した通り、退職給付債務は簡単に言ってしまうと、「将来支払う退職金はいくらになるか?」、「いつ退職するか?」、「現時点の労働の対価としていくらか?」、「現在の価値に換算するといくらになるか?」といった計算前提を置いて計算します。
所謂、見積計算です。
その為、基本的には同じ方針を「継続的」に採用し、個々の計算前提を決定していく必要がありますので、前回用いた計算前提とそれぞれの前提を決定する際の方針を確認しながら決めていくことがポイントになります。
意外と前提を決定する際の方針が把握できていない、把握できていても担当者のみというケースが多いので、可能であれば業務規程などとして明文化しておく事をお勧めします。
例えば、以下のように項目ごとに方針をメモすることでもかまいません。
項目 | 方針 |
---|---|
割引率 | デュレーションアプローチ、期末時点の社債イールドカーブを用い、重要性基準は適用しない。 |
死亡率 | 厚生年金基金の財政計算で用いられている最新の死亡率 |
退職率 | 3年毎に算定。例年と比較して退職者の傾向に変動がある場合は、計算機関に相談する |
予想昇給率 | 3年毎に算定。例年と比較して昇給の傾向に変動がある場合は、計算機関に相談する |
こうして、メモを残しておけば、実務での負担は軽減されるでしょう。また、担当者が交代してもスムーズに業務を引き継げます。
さて、もう一点、退職給付債務の計算は、金融機関やコンサルティング会社に計算業務を委託する「委託型」と、計算ソフトを購入して自社で計算する「自社計算型」の2つの方法があります。
もし、「委託型」を採用しているのであれば、計算を依頼する際は、必ず退職給付制度(退職金規程や年金規約)の変更の有無を伝えるようにしましょう。 給付額に影響のある制度変更を行った場合、或いは行う予定がある場合、制度変更前後の計算が必要となります。
委託先にこうした情報が伝わっていないと、最悪、誤った計算、会計処理が行われ、決算修正という事態に繋がる可能性がありますので、特に退職給付債務の計算を経理部門が主導している場合、事前に人事部門に確認しておきましょう。
また、「委託型」は一般的に「自社計算型」と比べて計算に時間が係りますので、計算スケジュールについても委託先に確認しておきましょう。
特に、予期していない対応を監査法人から要求されることもあるので、余裕をもったスケジュールを立てて対応していくことが求められます。
「委託型」のポイントは、委託先とのコミュニケーションです。 計算前提の設定でも、制度変更やスケジュールでも、高い専門性を持つ委託先に相談し、業務に対しての不安や不満を解消する事を意識して下さい。
<ポイントのまとめ>
・ 前年までの計算方針を確認しましょう
・ 制度変更の有無を人事部門に確認しましょう
・ 委託型の場合、委託先とのコミュニケーションをしっかりとりましょう
人事データの作成
人事データの作成は、退職給付債務計算に必要となる「従業員データ」、「受給権者データ」、「退職者データ」といった情報を作成するプロセスであり、人事部門が主として関与することとなります。
前回のコラムでも書いたとおり、計算に必要な人事データは、退職金の算定基礎となるデータとなります。例えば、年齢を計算する生年月日、勤続年数を計算する入社年月日の他に、算定基礎額としての基本給や各種ポイント等です。
用意する人事データの項目や仕様については、計算委託先、或いはソフト会社から案内があるので、そちらに従って人事データの作成を進めていきます。
人事データの作成は、退職給付債務の正確性や妥当性は勿論、計算スケジュールを左右する重要なプロセスです。 人事データの間違いが結果に与える影響については、コラム「退職給付債務計算の個人データの作成」をご覧ください。
委託先では通常、お客様から頂いた人事データを、そのまま計算に使うことはありません。 必ず、人事データを検証、照会、修正(お客様)と言った作業を繰り返し、人事データの正当性を担保していると思いますので、正確な人事データの作成は結果的に計算スケジュールを早めることに繋がります。
以下に弊社が実施しているデータ検証内容について記載しています。 検証の水準を上げると当然担当者にかかる負担も大きくなりますので、参考にしながら取り入れられる部分があれば取り入れてみてはいかがでしょうか。
■人事データの正確性を高めるための検証の例
・ 人員の推移に関する整合性チェック
各データ(従業員・受給権者・退職者)間に重複はないか?
前回から従業員データの追加はあるか?
追加従業員のうち、入社日が前回データ基準日以前の者はいないか?
前回従業員は今回の従業員または退職者データのいずれかに存在しているか?
・ 基礎データの整合性
生年月日等の固有なデータは前回と一致しているか?
入社時年齢が15歳未満、現在年齢が定年以上など、生年月日・入社日に不整合は ないか?
退職時年齢が定年以上にもかかわらず退職事由が自己都合など、退職事由に不整合は ないか?
・ 給与データの整合性
(給与比例制)給与が前回に比べて大きく増減していないか?
(ポイント制)単年度ポイントがポイントテーブル以外となっていないか?
(ポイント制)累計ポイントが前回からの経過月数分の増加となっているか?
(ポイント制)累計ポイントが評価基準日時点のものとなっているか?
<ポイントのまとめ>
・ 間違いのない正確な人事データを作成しましょう
次回は残りのstep3~5を解説します。
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
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