定年延長を検討している企業は増えているのか?

高年齢者雇用安定法により2013年には65歳までの就業機会の確保が義務化され、改正により今年4月からは70歳までの就業機会の確保が努力義務とされました。多くの企業は定年年齢を60歳で据置き、以降の就業は継続雇用制度で対応していますが、今後、定年年齢の引き上げや廃止といった定年制見直しの動きに法改正がどのような影響を与えるのかは注目です。
企業によっては他社の動向も検討の判断材料にしていることも多いことでしょう。本コラムでは、企業の定年制見直しの検討状況について、人事院が実施している民間企業の勤務条件制度等調査の結果を基に、2019年までの推移や従業員規模による違いを見ていきたいと思います。
「民間企業の勤務条件制度等調査」とは
人事院では国家公務員の勤務条件検討のための基礎資料を得ることを目的として、常勤従業員数が50人以上の企業を対象に、民間企業における労働時間や休業・休暇制度等の調査を毎年実施しています(以下、人事院調査と呼びます)。調査時点は10月1日現在で、調査結果は翌年の9月に公表されるスケジュールとなっています。直近の調査は2020年9月末に公表された2019年10月1日現在の調査結果です。調査対象企業は、全国の該当する企業を産業別・規模別に層化した上で、無作為に抽出して選ばれています。2019年調査の場合、45,150社から7,501社を選定し、回答のあった4,266社(規模不適格を除く)について集計しています。また、就業規則などが職種等で異なる場合には、基本的に管理部門で働く常勤の従業員に適用される制度について調査しています。
調査結果のレポートや集計表は人事院のWEBサイト等で入手することができます(2019年調査はこちら)。定年制に関しては「従業員の退職管理等の状況」として「定年制の状況」や「定年制の今後の変更予定」が調査事項となっており、集計表では下記の結果を確認することができます(実施年度によっては異なる場合があります)。
1. 定年制の有無別企業数及び企業数割合
2. 定年年齢別企業数及び企業数割合
3. 定年制の今後の変更予定別企業数及び企業数割合
4. 変更後の定年年齢別企業数及び企業数割合
以下では2と3の調査結果を使って、過去からの推移や従業員規模別の状況について見ていきます。
(なお、以下の図表では、端数処理の関係で構成比の合計が100%にならない場合があります。)
定年年齢別の企業割合
人事院調査によると、定年制を採用している企業は2019年の調査では99.3%で、2014年調査では99.7%なので、5年間で減少してはいるものの、依然ほとんどの企業が定年制を採用しています。ここでは定年制を採用している企業の定年年齢の内訳を見てみましょう。図表1は定年制企業の定年年齢の割合について、2014年以降の推移を示したものです。60歳定年の割合が8割以上でほとんどですが、その割合は2016年以降少しずつ減少しており、逆に65歳以上定年の企業割合が増加していることがわかります。
図表1:定年年齢別の企業割合の推移

(出所)人事院「民間企業の勤務条件制度等調査」各年版を基に作成
図表2は従業員規模別に見た定年年齢の内訳です。比較のため2014年と2019年の割合を並べています。グラフを見ると、規模が小さいほど65歳以上定年の割合が高いことがわかります。また、2014年からの変化では、どの規模でも60歳定年の割合が減少し、65歳以上定年が増加しています。65歳以上定年の割合の増加幅は約4ポイントで、規模が大きいほど、僅かに増加幅が大きくなっています。
図表2:規模別に見た定年年齢別の企業割合

(出所)人事院「民間企業の勤務条件制度等調査」2014年版・2019年版を基に作成
定年制見直しの検討状況
定年制の企業が高年齢者の就業機会を確保するには、現状の定年年齢を据え置いて継続雇用制度で対応するほかに、定年延長や定年制を廃止することが選択肢となります。図表3は定年制企業における定年制の検討状況の推移を示しています。なお、図表中の「変更」は「定年制廃止」「定年年齢引上げ」等を指し、2019年においてはその内、約98%が「定年年齢引上げ」となっています。「変更を検討中」もしくは「変更することが決まっている」と回答した企業は2016年以降徐々に増えており、企業の検討が年々進んでいることが見て取れます。2018年には「変更を検討中」と「変更することが決まっている」の合計が20%を超え、5社に1社は定年制の変更に取り組んでいることになります。
図表3:定年制の検討状況(定年制ありの企業)

(出所)人事院「民間企業の勤務条件制度等調査」各年版を基に作成
検討状況を従業員規模別に見たのが図表4です。先ほどの図表3は定年年齢が61歳以上の企業も含まれていましたが、図表4では見直しを検討している可能性が高そうな60歳定年制企業に絞っています。目を引くのは、500人以上の企業で「変更を検討中」と「変更することが決まっている」の合計が2014年から2019年にかけて大きく増えたことです。500人以上の企業は2014年の時点では規模の小さい企業よりも変更を検討している企業の割合は小さかったのですが、2019年では他の規模よりも割合が大きくなっており、この5年間で大きく検討状況が進んだことが窺えます。
図表4:規模別定年制の検討状況(60歳定年制企業)

(出所)人事院「民間企業の勤務条件制度等調査」2014年版・2019年版を基に作成
まとめ
定年年齢は60歳から65歳以上へのシフトが少しずつ進み、定年延長を検討している企業は着実に増えていることが調査結果から推測されます。定年延長により対応しなければならない事項は人事制度全般に渡ります。60歳以降の退職金制度の設計においても、人事制度全体との整合性を考える必要がありますが、債務や費用の計算を外部に委託している場合には、自社では適切なシミュレーションができなかったり、影響額の把握が遅れたりすることがないように注意が必要です。なお、IICパートナーズでは、定年延長後の退職金制度の設計を支援するためのシミュレーションサービスをご提供しております。
2021年9月には2020年実施の調査結果が公表される予定ですが、人事院調査の結果に高年齢者雇用安定法の改正の影響が表れてくるのは2022年9月公表の調査(2021年調査)からになるため少し先になります。企業の制度の実施状況については、厚生労働省が企業に毎年6月1日時点の高年齢者の雇用状況の報告を求め、10月~1月頃に集計結果を公表しておりますので、対象企業の網羅性や速報性という観点ではそちらもご覧いただくと良いでしょう。
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※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
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この記事を書いた人 取締役 日本アクチュアリー会準会員 / 1級DCプランナー(企業年金総合プランナー) 辻󠄀 傑司 |
世論調査の専門機関にて実査の管理・監査業務に従事した後、2009年IICパートナーズに入社。 退職給付会計基準の改正を始めとして、原則法移行やIFRS導入等、企業の財務諸表に大きな影響を与える会計処理を多数経験。 |