第一生命の予定利率引き下げ報道を解説~確定給付企業年金の予定利率引き下げに伴う影響は?~
2020年10月29日に第一生命保険株式会社が確定給付企業年金の予定利率を19年ぶりに引き下げるという報道がありました。
■「確定給付型」年金の予定利率 19年ぶり引き下げへ 第一生命 | NHKニュース
報道の内容は第一生命が実施している確定給付企業年金の予定利率が1.25%から0.25%に引き下がるというもの。引き下げの背景は、日銀のマイナス金利政策が長期化しているうえ、新型コロナウイルスの感染拡大で各国の中央銀行が金融緩和に踏み切って金利を引き下げたため、運用が難しくなっていることとされています。今後、企業の対応としては企業年金からの支給額を引き下げるか掛金を引き上げるかといった報道がされています。
今回の予定利率の引き下げにより、どういう影響があるのか説明していますので、よかったら最後までご覧ください。
”予定利率”の2つの意味
「確定給付企業年金の予定利率が引き下げられた」という報道を聞くと、要するに企業年金の預け入れ先である保険会社の運用利回りが低下し、受給できる企業年金が少なくなるのかなぁ、といった誤解で捉えてしまいがちです。
なぜこのような誤解が生じてしまうかというと、企業年金の世界では”予定利率”に2つの意味があるからです。
”予定利率”の意味その1~年金財政運営上の予定利率~
確定給付企業年金では制度運営にあたり、将来、退職者に支給する年金の原資を確保するべく掛金を算定する必要があります。この掛金は少なくとも年1回、企業が契約している保険会社や信託銀行に支払うものですが、この掛金を算定する際、将来にわたりどの位年金資産の運用で収益をアテにできるか考慮することになります。このとき運用収益はこれ位見込めるだろうとアテにする仮定の率が1つ目の予定利率です。
”予定利率”の意味その2~一般勘定の保証利率~
予定利率の2つ目の意味は保険会社が提供している運用商品の1つである一般勘定という運用商品で約束されている利率のことです。”保証利率”と書かれたりしますが、個人生命保険の掛金等と一緒に合同で運用している商品のことです。生命保険会社らしい商品といっても過言ではありません。この保証利率も予定利率といいます。
今回の報道をこの2つの意味のうち1つ目の年金財政運営上の予定利率と捉えてしまうと、誤解に繋がります。正しくは2つ目の一般勘定の保証利率の意味になります。
1つ目の意味である年金財政運営上の予定利率に関して補足すると、確定給付企業年金制度で予定利率を引き下げる場合は年金資産の預け先である今回のケースで言えば第一生命が決めることではありません。
法令上、年金財政運営上の予定利率を引き下げる場合にそれを決定するのは実施事業主である企業です。そして、それを承認するのは厚生労働大臣です。年金受給者から問い合わせを受ける企業の担当者もいらっしゃるかもしれませんが、企業年金の給付額に直接、関係ありません。
保証利率の引き下げで対応を迫られる企業
それでは、予定利率の引き下げ=保証利率の引き下げとご説明しましたので、確定給付企業年金を実施している企業が受ける影響について、手順を追って流れを確認しましょう。
(1)確定給付企業年金では、事前に一定の率で将来の運用収益を見込んで掛金を設定している。
(2)保証利率の引き下げにより、企業が見込んでいた運用利回りまで運用収益を確保することが困難になる。
(3)見込んでいた運用収益が確保できなくなるということは言い換えると、確定給付企業年金制度を持続的に運営する上で必要となる年金資産を将来にわたって確保することが難しくなる。
このことから確定給付企業年金制度を持続的に運営するためには、企業に何らかの対応が求められます。
保証利率引き下げへの対応 方向性は大きく4つ
一般勘定の保証利率の引き下げという課題への対応にあたり、方向性は一般論として大きく4つ(及びその組み合わせ)が考えられます。
- [1] 資産構成を見直して、これまでと同水準の運用収益を目指す。
- [2] 運用収益をアテにせず、掛金を多く払う。
- [3] 将来、従業員に支給する確定給付企業年金からの支給額を減らす。
- [4] 確定給付企業年金から企業型確定拠出年金といった確定拠出型の制度に移行する。
この内、[1][2]に関連して「年金資産運用」と「確定給付企業年金の財政運営」で企業が抱えるであろうリスクに少し触れておきたいと思います。
年金資産運用
今回、保証利率を引き下げることが報道された第一生命も保証利率を引き下げるというだけではなく、これに対応した運用商品を販売することも発表しています。
【第一生命ニュースリリース】
https://www.dai-ichi-life.co.jp/company/news/pdf/2020_060.pdf
特別勘定フロアセットプランというもので、特別勘定を混ぜながら1.25%を目指すという運用商品です。難しいのは1.25%が保証されていた一般勘定から保険会社や信託銀行が提供する別の商品に切り替えたところで目標の運用利率が確保できるほど、今の市場環境は見通しがよくありません。
保険会社や信託銀行の営業から提案された運用商品への切り替えを検討しつつも、どの位運用収益で賄い、どれ位掛金拠出に耐えられるのかになるかと思います。
確定給付企業年金の財政運営
確定給付企業年金制度は約束した給付を支給する仕組みなので確定給付型とされます。そのため、絵に書いた餅にならないように毎年、年金制度の決算日において”財政検証”という法に基づいたチェックを行っています。
この財政検証は運用環境が決して良くないので結構、ギリギリの水準だったりします。保証利率引き下げへの対応次第で、基準に抵触したり、基準には抵触しないまでも次回の財政再計算で掛金が想像以上に増えたりする企業も出てくると思います。
退職給付会計にも及ぶ影響
保証利率引き下げは、確定給付企業年金制度の運営だけではなく、企業会計にも影響します。退職給付債務を原則法で計算している企業は自社が設定している長期期待運用収益率という率をもとに、期首に期待運用収益という退職給付会計上の運用収益の見積もり額を計上しています。これはあくまで期首に立てた見積もりなので、実際、その年度で得られた運用収益ではありません。
仮に期待運用収益の見込みを変えずに保証利率だけが下がると、運用収益としてアテにしている見積もり額(期待運用収益)よりも、実際の運用収益は少なくなります。その差額は数理計算上の差異として、日本基準では一般的に翌期以降に数年かけて費用処理されます。
そのため、期首に見積もり計上するための長期期待運用収益率の検討が必要になってくるわけですが、一般勘定の保証利率の引き下げは報道では19年ぶりとされていますので、長期期待運用収益率を見直すのは今回が初めてという企業もあるかもしれません。
おわりに
今回の保証利率の引き下げは第一生命が発表したものですが、現在の低金利下における一般勘定の課題は業界で共通のものであり、今後、他の生命保険会社が追随するかに注目が集まっています。まだ、報道や発表を受けて、他社で具体的に検討しているという情報はありませんが、動向を注視する必要があります。
最後までご覧頂きありがとうございました。
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
この記事を書いた人 大森 祥弘 東京本社:新規営業・アライアンス担当 |
|
全国共済農業協同組合連合会(JA共済連)全国本部にて適格退職年金制度の移行、企業年金コンサルティング及び年金管理事務やシステム改定に従事した後、トヨタグループの管理部門を経て、IICパートナーズに入社。 JAグループへの公認会計士監査対応支援、国内金融機関への退職給付会計業務支援、運営管理機関へのDC運営管理業務支援などのアドバイザリー業務に従事。 |