Q&Aで見るメトロコマース事件~これを読めば概要から今後の対応まで分かる~
契約社員に退職金が支払われなかったことが正社員との不合理な労働条件の格差に当たるとして争われたメトロコマース事件の最高裁判決が2020年10月13日に出ました。正社員との待遇格差に関する最高裁判決がこの数日間に相次いだこともあり、判決直後から各メディアで取り上げられています。
本コラムでは、Q&A形式でメトロコマース事件の概要を整理し、今後の企業の対応について考えてみたいと思います。
Q1.メトロコマース事件とはどういった裁判ですか?
株式会社メトロコマース(以下、メトロコマース)で売店業務に従事していた契約社員4名が、正社員との労働条件の相違(退職金、賞与、他)について旧労働契約法第20条における不合理な格差にあたるとして損害賠償等の請求を求めました。
この裁判は正社員との退職金の待遇格差について、初めて最高裁で判決が示された事件であるため、注目されています。第1審の東京地裁では当該契約社員に退職金の支払いがないことを不合理と認めませんでしたが、第2審の東京高裁では全く支給しないというのは不合理として勤続年数が10年前後に達する2名に正社員に支払う退職金の4分の1の支払いが命じられています。しかし、最高裁では退職金の支払いがないことは不合理とまではいえないとして、判決が確定しました。
各裁判での判決はそれぞれ以下からご覧になれます。
Q2.旧労働契約法第20条とはどのような法律ですか?
有期契約労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めがあることにより不合理な労働条件を禁止することを定めたルールです(2013年4月1日施行)。以下(1)~(3)を考慮して、不合理と認められるものであってはならないとされています。
- (1)業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度
- (2)当該職務の内容及び配置の変更の範囲
- (3)その他の事情
Q3.なぜ「旧」労働契約法第20条と表記されるのでしょうか?
労働契約法第20条は、働き方改革関連法の成立に伴って「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パートタイム・有期雇用労働法)の第8条に統合され、労働契約法からは削除されました。パートタイム・有期雇用労働法は2020年4月1日に施行されていますが、中小企業(範囲はこちら)においては2021年4月1日から適用となります。
メトロコマース事件は、2020年4月1日以前の労働条件について争われているため、労働契約法第20条に違反するかどうかが争点となっています。
Q4.メトロコマースにはどのような雇用形態がありましたか?
当時、正社員、契約社員A(月給制)、契約社員B(時間給制)という3つの雇用形態があり、裁判の原告は駅構内の売店で販売業務に従事していた契約社員Bです。
契約社員Aは主に1年間、契約社員Bは1年以内の期間を定めて労働契約を締結した労働者ですが、いずれも退職金の支給はなく、期間満了後は原則として契約が更新され、定年年齢は65歳と定められていました。契約社員Aは契約社員Bのキャリアアップの雇用形態として位置付けられており、契約社員Bから契約社員Aへの登用制度があります。なお、契約社員Aは2016年4月に職種限定社員として無期労働契約に変更され、その際に退職金制度が設けられています。
Q5.比較の対象となった売店業務に従事する正社員はどのような社員ですか?
売店業務に従事する正社員は、以下の3タイプに分かれます。
- (1)財団法人地下鉄互助会から引き続き雇用されている正社員(2000年に売店事業を譲受)
- (2)登用により契約社員Bから契約社員Aを経て正社員になった者
- (3)正社員として新たに採用され、異動により売店業務に従事する者
なお、2015年1月時点で、売店業務に従事する従業員は、正社員が18名,契約社員Aが14名,契約社員Bが78名で計110名となっており、正社員は上記(1)(2)が約半数を占めています。また、(1)(2)の正社員は他の多数の正社員と違って異動した例はほとんどなかったとされています。
Q6.正社員の退職金制度はどのような内容ですか?
退職時の本給(年齢給+職務給)に勤続期間に応じた支給月数を乗じた額が退職金として支払われます。いわゆる最終給与比例制と呼ばれる退職金制度です。定年退職の場合は勤続1年でも支給されますが、自己都合退職の場合は3年以上の勤続が必要となります。
Q7.最高裁ではなぜ退職金の支払いが認められなかったのでしょうか?
最高裁では以下のような諸事情を考慮した上で、契約社員Bに退職金を支給しないという労働条件の相違は、不合理に当たらないと判断しました。
比較の対象
売店業務に従事する正社員
退職金の性質や目的
(構成)
- 退職時の本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給する。
- 本給は年齢によって定められる部分(年齢給)と職務遂行能力に応じた資格および号棒により定められる職能給の性質を有する部分(職務給)から成る。
(性質)
- 職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報酬等の複合的な性質を有する。
(目的)
- 正社員として様々な部署等で継続的に就労して職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る。
業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)
両者の業務の内容はおおむね共通するが、正社員は不在の販売員に代わって業務を行う代務業務を担当していたほか、エリアマネージャー業務に従事することがあった。
一定の相違があったことが否定できない。
職務の内容及び配置の変更の範囲
- 売店業務に従事する正社員は、業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり、これを正当な理由なく拒否できない。
- 契約社員Bは業務の場所の変更はあっても、業務内容の変更はなく、配置転換を命ぜられる可能性はなかった。
一定の相違があったことが否定できない。
その他の事情
- 売店業務に従事する正社員は従業員の2割に満たず、再編成の経緯やその職務経験等に照らし,賃金水準を変更したり,他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があった。
- 契約社員A及び正社員への段階的な職種変更のための登用制度が設けられており、相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していた。
Q8.高裁で不合理と判断された根拠については、最高裁でどのように判断されましたか?
高裁で少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金(正社員の退職金の4分の1に相当する額)を支払うべきとする根拠にもなっていた次の2点については、これをしんしゃくしても退職金の有無の相違は不合理とまでは評価できないとしています。
- 原則として更新され、定年が65歳と定められているため、必ずしも短期雇用を前提としていたとはいえない
- 原告の2人は10年前後の勤続期間を有している
また、契約社員Aが後に無期契約労働者に変更されて退職金制度が設けられたことについては、それ以前に原告が退職していることや、契約社員Aへの登用制度があったことから、判断を左右するものではないとしています。
Q9.契約社員には退職金を支払わなくてよいのでしょうか?
今回の判決は、メトロコマースという一企業における労働条件を検討した上での判決であるため、すべての契約社員に当てはまるものではありません。不合理に当たるかどうかは、職務の内容等に加え、雇用期間の想定や退職金の性質や目的を踏まえて、個々の事情を基に判断されることが、判決の補足意見でも述べられています。
退職金を正社員のみに支給している企業は、他の賃金項目と併せて次に挙げるような点を確認・整理した上で、職務の内容等の相違の程度に応じた処遇として、非正規社員には退職金を設けない、もしくは退職金を設けるといった対応を検討することが重要であると考えられます。
同一労働
- 同じ業務に従事する正社員と有期契約労働者で「職務の内容」や「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」に相違はあるか?
- 仮に、実質的な相違がない正社員が存在する場合に、「その他の事情」になりうる相応の事情はあるか?
退職金の性質・目的
正社員として継続的に職務を遂行することができる人材の確保や定着が目的とみなせるかがポイントであると考えられます。
具体的には、
- 継続的な勤務等に対する功労報酬とみなせるか?
(本件では、勤続年数に応じた支給月数がこれに相当する要素と考えられる) - 職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた退職金とみなせるか?
(本件では、職務給がこれに相当する要素と考えられる)
従業員の退職前に企業が支払いを行う前払い退職金やDC、勤続年数だけで決まるポイント制のような退職金制度の場合に、人材の確保や定着を目的とした退職金とみなせるかどうかについては注意が必要です。
おわりに
メトロコマース事件では、契約社員(B)に退職金を支給しないことが不合理と認められるものに当たらないとされました。しかし、判決の補足意見の中でも述べられている通り、有期労働契約者に退職金を導入する事例も出てきています。今回の判決は、有期・無期問わず、退職金の在り方について企業が改めて検討するよい機会ではないでしょうか。今後、法律の理念に沿って、期間に定めによる不合理な労働条件が解消され、すべての労働者が生き生きと働けるように均衡のとれた処遇が図られていくことを願うばかりです。
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
この記事を書いた人 取締役 日本アクチュアリー会準会員 / 1級DCプランナー(企業年金総合プランナー) 辻󠄀 傑司 |
|
世論調査の専門機関にて実査の管理・監査業務に従事した後、2009年IICパートナーズに入社。 退職給付会計基準の改正を始めとして、原則法移行やIFRS導入等、企業の財務諸表に大きな影響を与える会計処理を多数経験。 |