「DB運用ガイドライン」の改訂(2025年1月)について

~年金ガバナンスの点検、整備とアセットオーナー・プリンシプルの受入れ~
企業年金の資産運用の指針として重要な役割を担っている、確定給付企業年金に係る資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドラインについて(通知)1(以下、DB運用ガイドライン)の改訂が、2025年1月9日に発出されました。
1.DB運用ガイドライン改定の経緯と目的
今回のDB運用ガイドライン改訂は、確定給付企業年金(以下、DB)の資産運用力向上のための施策として検討が進められてきたものです。
より具体的には「金融サービスの提供に関する法律の改正、スチュワードシップ活動の実質化、資産運用立国に関する議論等を踏まえて、DBが資産運用力向上のために取り組むことが望ましい方向性を示す」2ことであるとされています。
DBの資産運用力向上は資産運用立国実現プラン3において、アセットオーナーシップ改革の一つとして企業年金の改革が取り上げられ、そのうちのDB改革の施策の一つとして示されたものです。
従って、資産運用立国実現プランと、その下で策定されたアセットオーナー・プリンシプル(以下、AOP)4に対応した改訂でもあります。
なお、近年のDBの運用ガイドライン改訂としては、2018年4月の①資産運用委員会、②分散投資、③オルタナティブ投資、④運用コンサルタント、⑤スチュワードシップ責任・ESG、⑥加入者等への説明・開示などについての大幅な改訂があります5。
今回はそれに続く大きな改訂で、DBの運用体制や企業年金のガバナンスにとって重要な内容が含まれています。
運用ガイドライン改訂の概要は下表の通りです。
下表に整理した各論点のうち、3-(4)運用の基本方針についての改訂は、現行のDB法令の内容を確認的に示したものです。
本稿では、3-(4)運用の基本方針、6-(3)加入者等への業務概況の周知についての改訂を除いた下記の論点についてコメントをしたいと思います。
3-(1)事業主及び基金理事の一般的義務
金融サービス法の誠実公正義務と企業年金の忠実義務等との関係が示されています
3-(5)運用の委託
スチュワードシップ活動の選択肢として協働モニタリングが示され、また、必要な場合の運用受託機関の見直しが明示的に示されています
3-(9)専門性の確保・向上
専門性の確保・向上と適切な人材の登用・配置・育成が示されています
6-(6)アセットオーナー・プリンシプル
1節が設けられアセットオーナー・プリンシプルの受入れについて示されています
【DB運用ガイドライン改訂(2025年1月9日)の概要】
(※下記の項番・標題は運用ガイドラインの項番・標題を引用)
3-(1)事業主及び基金理事の一般的義務 (追記) | |
①法令上の義務
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3-(4)運用の基本方針 (追記/新設) | |
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3-(5)運用の委託 (追記/新設) | |
②運用受託機関の管理
③運用実績の評価と見直し
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3-(9)専門性の確保・向上 (項目名「自己研鑽」から変更のうえ新設/追記) | |
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6-(3)加入者等への業務概況の周知 (新設) | |
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6-(6)アセットオーナー・プリンシプル (下記3項を新設) | |
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1 確定給付企業年金に係る資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドラインについて(通知)
https://www.mhlw.go.jp/content/12500000/000934811.pdf
2 第35回社会保障審議会企業年金・個人年金部会(2024年5月22日)資料1「確定給付企業年金の資産運用力向上のための施策」P16
3 資産運用立国実現プラン(2023年12月13日内閣官房取りまとめ)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/bunkakai/sisanunyou_torimatome/plan.pdf
4 アセットオーナー・プリンシプル(内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局2024年8月28日)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/assetownerprinciples.pdf
5 脚注2参照
2.忠実義務・善管注意義務と誠実公正義務(3-(1)事業主及び基金理事の一般的義務)
企業年金の運営に携わる事業主及び基金の理事(以下、事業主等)には、一般的義務として忠実義務6と善管注意義務が課されています。
忠実義務はもっぱら加入者等の利益にために企業年金を運営することであり、利益相反の排除と他事考慮の禁止が求められます。
善管注意義務は、事業主等が善良なる管理者の注意をもって職務を遂行するべき義務であり、DB法自体に明文の規定はありませんが、DB運用ガイドラインでは、民法644条が類推適用され7、事業主等は当該義務を負うとされています。
他方で、2024年11月1日施行の改正金融サービス法では、金融サービスの提供等に係る業務を行う者は、顧客等に対し誠実公正義務を負うこととされました。その金融サービスの提供等に係る業務を行う者には、金融機関や金融商品取引業者だけでなく、企業年金(DBだけでなくDCも含まれます)の運営に携わる事業主等も含まれることから、事業主等は加入者に対し「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行」すべき義務を負うことになりました8。
この金融サービス法の誠実公正義務とDB法等の忠実義務、善管注意義務について、新しいDB運用ガイドラインでは、金融サービス法の誠実公正義務は、DB法等の忠実義務、善管注意義務に基づく対応を行うことで履行される義務であることが、DBの一般的義務の注書きとして示されました。
従って、DBについては、DB法令(DB運用ガイドライン等を含む)に則った対応を進めることで、金融サービス法の誠実公正義務が果たされることが確認されたと言えると思います。
もっとも、事業主等の責任を問う訴訟等の場合に、責任の所在の判断は司法の手に委ねられるため、DB運用ガイドライン等を守ってさえいれば免責されるわけではありません。
しかし、司法が判断する際の参考とされるものとは考えられており9、金融サービス法の誠実公正義務とDB法等の忠実義務、善管注意義務の関係について確認されたことの意義は、決して小さくはないと思います10。
6 DB法69(事業主の行為準則)70(基金理事の行為準則)
7 DB運用ガイドライン3(1)一般的な義務①法令上の義務
8 金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律(金融サービス法) 第2条「顧客等に対する誠実義務」
9 DB運用ガイドライン ガイドライン策定の趣旨等 2 ガイドラインの性格 ② 参照
10 なお、金融サービス法の誠実公正義務はDCの事業主に対しても課されているが、DCについての扱いは今後の課題となろう
3.運用受託機関の定期的な評価・見直しと協働モニタリング(3-(5)運用の委託)
運用の委託に関し次の2点が改訂されています。
(1)スチュワードシップ活動の選択肢としての協働モニタリング
運用の委託について、運用受託機関の管理の項で、企業年金のスチュワードシップ活動として協働モニタリングへの参画も選択肢であることが示されました。
これは、AOPで協働モニタリングも選択肢であることが示されたことに11、DB運用ガイドラインが対応したものといえます。この企業年金の協働モニタリングの受け皿として、企業年金連合会が企業年金スチュワードシップ推進協議会(以下、推進協議会)を立ち上げています12。
また、この協働モニタリングの取組は、AOPにいう協働モニタリングに該当するとされていますので13、企業年金がこの推進協議会に加入し協働モニタリングを行うことで、スチュワードシップ活動を行い、AOPの受入れに繋げることも有力な選択肢であると思います。
もちろん、個々の企業年金が自らスチュワードシップ・コードを受入れて、運用受託機関のスチュワードシップ活動を主体的にモニタリングすることが、本来であり理想的な姿ですが、人的資源の限界や効率性の観点から、多くの企業年金にとって現実的な選択肢ではないという実情があります。
しかし、DB運用ガイドラインでスチュワードシップ活動の選択肢として協働モニタリングが示されたことで、企業年金のスチュワードシップ活動が拡大することは、スチュワードシップ活動全体の底上げにつながるという点でも、有用な役割を果たすことが期待されます。
(2)運用受託機関(総幹事会社を含む)の定期的な見直し
これまで、運用の委託に関し、運用実績の評価について、運用評価の期間と基準、掛金の払込割合や資産の移受管とその手続きが規定されていました。これに加え、今回の改定では、運用実績の評価を定期的に行い、運用受託機関の見直しを行うことが望ましい旨が明示されました。
また、運用受託機関に総幹事会社を含むとされていることも特徴の一つです。これは、AOPにおいて、運用を委託する場合は、最適な運用委託先を選定するとともに、定期的な見直しを行うべきであるとされたことに対応するものといえます14。
企業年金の資産運用は委託運用が原則ですので、運用受託機関の選任、評価は重要な課題です。この点の対応は、企業年金の規模や体制でばらつきがあるように思います。
運用実績に基づいた受託運用機関の評価・見直しを定期的に行っている企業年金も多数ある一方で、評価は行っていながらも運用機関の見直し(解約/新規採用)までには、取引関係などの問題もあって二の足を踏む企業年金や、運用受託機関の評価が形式に流れている企業年金も少なくないのが実情ではないかと思います。特に、今回の改訂では、総幹事会社までを含むとされていることも重要なポイントとなりそうです。
受託運用機関選択が資本関係とか取引関係への配慮からではなく、自ら定めた運用目標や運用方針に沿って行われ、その運用実績を定期的に評価し、必要な場合には受託運用機関の解約や新規採用を進めることが必要になります。
従って、企業年金の事業主等には、定期的な評価、見直しを行うための体制整備を行い、運用受託機関とはこれまで以上に緊張感を持った関係構築が求められることになると思います。
なお、当然のことですが、資本関係や取引関係のある運用機関を一律に排除する趣旨ではありません。あくまで、受益者の利益に適っているかどうかという点での判断が求められているものです。
11 AOP 補充原則 5-1
12 企業年金スチュワードシップ推進協議会(企業年金連合会)
https://www.pfa.or.jp/kanyu/stewardship/index.html
13 企業年金スチュワードシップ推進協議会加入のご案内(企業年金連合会)
https://www.pfa.or.jp/kanyu/stewardship/files/stewardship_pamphlet.pdf
14 AOP 原則3
4.専門性の確保・向上と適切な人材の登用・配置・育成 (3-(9)専門性の確保・向上)
従来のDB運用ガイドラインでは、年金制度運営に携わる人材に関しては、年金運用責任者の自己研鑽についてだけ言及されていましたが、今回の改訂では、項を新設し、適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置・育成が望ましい旨が示されました。
適切な資質を持った人材としては、年金資産運用に関する実務経験を概ね3年以上有している者、関連する資格や研修受講歴を有している者が例示されています。
この項の新設は、AOPの原則2で、運用目標・運用方針に照らして必要な人材確保などの体制整備が求められていることに対応したものと思われます。
ただ、重要なことは、企業年金の事業主等に求められている専門性は、積立金の管理及び運用に関する業務(管理運用業務)を法令等に則って適切に進めることであって、投資判断の能力や有価証券の売買等の経験が求められているわけではありません15。
会社の退職給付制度の目的をよく理解し、会社として取りうるリスクを適切に踏まえて運用目標等を設定し、運用目標等に沿った運用受託機関を選定し、モニタリングするという管理運用業務のプロセスを履行するための体制を構築し、それを担うことのできる人材の計画的な登用・配置・育成が求められているものです。
人材の例示に沿っていえば、年金資産運用の実務経験を有することがより望ましいのは勿論ですが、関連資格や企業年金連合会などの研修受講歴を備えることで対応可能ではないかと思います。
もちろん、この管理運用業務のプロセスには、運用目標の設定について年金ALMとか、運用商品の特性の理解やリスクを判断等といった専門性が必要ですが、それらは、運用コンサルタント等の外部知見を利用することで足りるものですし、また、その方が内部的な人材登用に比べ人的コストや人事管理の負担という面でも効率的ではないかと思います。
なお、3-(9)専門性の確保・向上については、従来の年金運用責任者の自己研鑽について、資産運用環境の把握及び専門性の向上(例えば、研修の受講)が追記されています。
また、専門性の確保・向上に関連し、3-(4)運用の基本方針について、政策的資産構成割合の決定に関し専門的知識及び経験を有する者を置くことに努めることを求めた、DB規則第84条が確認的に記載されていることや、6-(3)加入者等への業務概況の周知において、加入者の利益に資する周知事項等の拡充の例示として、専門人材の活用に係る取組状況が取上げられていることなどを見ると、この課題への、当局の関心の高さが伺えるように思います。
15 企業年金受託者責任ハンドブック(平成30年改訂版 )
(9)自己研鑽(研修等)ポイント ア(ア)~(ク) 参照(P180)
企業年金 受託者責任ハンドブック(改訂版).pdf (pfa.or.jp)
5.企業年金によるAOPの受入れ(6-(6)アセットオーナー・プリンシプル)
今回の改訂の最大の目玉は、AOPについて、企業年金がその受入れについて検討することが望ましいとされたことです。
その中では、コンプライ・オア・エクスプレインの手法が採られていること、ステークホルダーとの対話やAOPにもとづく活動の見直しについても言及されています。書きぶりこそ、検討することが望ましいという抑制されたものですが、独立した節を設けて記述されていることからも16、企業年金がAOPを受入れることに対する当局の強い期待が伝わってくるように感じます。
AOPはアセットオーナーが受益者等の最善の利益を勘案して、その資産を運用する責任(フィデューシャリー・デューティー)を果たしていく上で有用と考えられる共通の原則とされています。このフィデューシャリー・デューティーとはDBの場合にはDB法上の忠実義務が該当することが確認されています。
従って、AOPの受入れは、現行のDB法令の枠組みを超えるものではなく、その底上げを図るためのものと言えると思います。その点からいえば、特別な事情のない限り、企業年金がAOPを受入れないという理由は乏しいように思われます。
16 例えば、スチュワードシップ・コードについてDB運用ガイドラインでは、運用受託機関のスチュワードシップ・コードへの取組状況の確認、スチュワードシップ活動のモニタリング等について記載されているが、企業年金がスチュワードシップ・コードを受入れることに関する記述はない。
6.DB運用ガイドライン改訂への対応
資産所得倍増プランに端を発する、DBの運用の改善などDB改革の動きは、今回のDB運用ガイドライン改訂で終盤を迎えることになりました。
改訂の内容を改めて振り返ると、DB法令の忠実義務等に沿った対応が金融サービス法の誠実公正義務への対応となることを確認したうえで、実務的には、運用の委託について、総幹事を含む受託運用機関の定期的な評価と見直しや、人材の登用・配置等に関し専門性の確保・向上が望ましいとされたことなどに加えAOPの受入れの検討が望ましい旨に言及されています。
また、DB法令に定められている、政策的資産構成割合の決定に関し専門的人材を置くことや、運用の基本方針の策定・変更の際には加入者の意見を聞くべきことが確認的に記載されたことは、これらの点が年金ガバナンスの上で重要なポイントであることが示されています。
今回のDB運用ガイドラインの改定内容について、対応する体制を整えている企業年金も少なくはないものの、他方で、十分に対応できていない企業年金も多数あるのが現況ではないかと思われます。今回の改訂内容を踏まえ、個々の企業年金には、現状の管理運用業務の運営プロセスが法令や運用ガイドラインに沿ったものとなっているかについて点検し、その運営体制の充実を進めることが求められていると思います。
また、AOPが企業年金に求めるものは、受託者責任に基づく年金業務運営であり、そのために必要な体制の整備であり、そして機関投資家としての責任であることから、管理運用業務の運営体制の充実の取組は、AOPの考え方に適うものであり、また、その受入れにもつながっていくものと考えられます。
7.IICPの年金業務運営のサポートサービスについて
IICパートナーズでは、DB運用ガイドライン改訂の趣旨を踏まえた企業年金の管理運用業務の点検、各企業年金の資産規模等も踏まえた運営体制適正化のお手伝いや、AOPの受入れに関するサポートなどのサービスを幅広く行っております。
皆さんの業務運営体制が今回の運用ガイドラインの改訂内容に則してみて課題がないか、AOPを受入れるに際して各原則に沿った運営ができているか等について、ご不明点やご不安な点があるようでしたら、当社の担当コンサルタント等に、ご遠慮なくお声掛けください。
【本件に関するお問合せ先】 ガバナンス・運用コンサルティング部 部長 髙木 明仁 電話番号:03-5501-3796 メールアドレス:a.takagi@iicp.co.jp |
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
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この記事を書いた人 取締役 公益社団法人日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA) 矢部 信 |
1977年に一橋大学社会学部を卒業。 日本債券信用銀行に入行、法人営業などのほか、債券運用を中心に銀行の証券業務に長期に亘り携わることができました。その後、1999年から東京海上アセットマネジメント投信に転職、企業年金・公的年金のクライアントサービスなどの業務に従事し、2014年から厚生労働省年金局企業年金・個人年金課で企業年金資産運用専門官として勤務しました。 2019年4月より公益財団法人年金シニアプラン総合研究機構特任研究員、同年6月から株式会社IICパートナーズ顧問、2020年9月からIICパートナーズ取締役を務めております。 |