退職給付債務を組入れた年金ALMについて

目次
- 1 :はじめに
- 2 :DBOを組入れた年金ALMのメリット
- 3 :DBOのシミュレーションを行う際の検討事項
- 4 :おわりに
1.はじめに
年金財政の領域では、年金ALM(Asset Liability Management、資産と負債の総合管理)という手法が知られています。年金ALMを実施する目的は、年金資産と負債、または年金資産と負債の差額(サープラス)について将来シミュレーションを実施※することで、リターンの極大化・リスクの極小化が図れる政策アセットミックスを策定することにあります。
このような目的があることから、年金ALMにおける負債としては、年金財政上の負債(数理債務や責任準備金、最低積立基準額)に着目されることがほとんどです。
一方、以下の理由から会計上の負債である退職給付債務(以下、DBO)を組入れた年金ALMの有用性は増しているのではないかと思われます。
・ 近年のマイナス金利の導入によって、退職給付会計が財務諸表に及ぼす影響が相対的に大きくなっていること
・ 年金財政上の負債と比較して、DBOは外部環境の変化(例えば、前述の金利水準の変化等)による変動が生じやすいこと
このような問題意識を受け、当コラムではDBOを組入れた年金ALMを実施することによるメリットや、実施する際の検討事項について考察していきます。
※前者はシミュレーション型ALM、後者はバランスシート型ALMと呼ばれます。実務的には、シミュレーション型ALMの採用が多いと言われています。
2.DBOを組入れた年金のALMのメリット
DBOを組入れた年金ALMを実施するメリットとして、退職給付費用や退職給付引当金(以下、退職給付費用等)を考慮した政策アセットミックスを策定できることが挙げられます。
年金財政上の負債のみを対象とした年金ALMの場合、将来の掛金負担に焦点をあてた分析が行われ、退職給付費用等については分析の対象外とされることが一般的です。そのため、将来の掛金負担については企業の許容範囲内に収まったとしても、退職給付費用等が想定外に変動する、といったリスクが考えられます。
DBOを組入れた年金ALMを実施することで、将来の掛金負担と退職給付費用等の双方を企業の許容範囲内に抑えられるような政策アセットミックスを策定でき、前述のリスクが軽減されることが期待できます。
また、仮に政策アセットミックスの見直しまでは行わないにせよ、年金ALMにより示される一定期間の退職給付費用等の予測を、経営における意思決定の材料として活用することも可能です。例えば、中期経営計画策定時にDBOを組入れた年金ALMを行い、それにより示された退職給付費用等の予測を中期経営計画に反映させる、といった方法が考えられます。
また、一般的に年金ALMではリスクシナリオ(=悲観的な市場環境となる場合)における分析も行うことから、退職給付会計に関する経営上のリスク把握といった観点からも活用が可能です。
3.DBOのシミュレーションを行う際の検討事項
DBOを年金ALMに組入れるメリットは前述の通りですが、実際に年金ALMを実施する際にはDBOと年金財政上の負債の特徴を考慮した上で事前に検討すべき事項があると考えられます。検討すべき事項の例としては、以下のようなものが挙げられます。
ⅰ.将来のイールドカーブの予測
最低積立基準額を除く年金財政上の負債は企業が決定した固定的な率(予定利率)で割引計算を行いますが、DBOは期末時点のイールドカーブを反映させた割引率により割引計算を行います。そのため、将来のイールドカーブの予測方法はシミュレーションを行う上で重要な検討事項となります。
理論的には、一時点のイールドカーブからフォワードレートを推定することで予測することは可能です。しかし、近年は各年度での金利変動が非常に大きい相場となっていること、将来の金利変動を予測することは困難であることから、あらかじめ一定の変動を想定した複数のシナリオ※を考慮することが、現実的な対応かと思われます。
なお、シミュレーションに用いる割引率に関しては、イールドカーブの予測だけではなく、割引率に関する重要性基準の適用有無を考慮した上で決定する必要があります。
※ある一時点のイールドカーブに対して、各年限のスポット・レートを一律○倍 or 一律△%変動させたシナリオ 等
ⅱ.イールドカーブと年金資産の利回りとの整合性の確保
イールドカーブの変動は国債や社債の利回りに依存することから、割引率だけでなく年金資産の運用利回りとも一定の相関があると考えられます。そのため、本来であればこのような相関を考慮した上でシミュレーションを実施することが望ましいと言えます。
しかし、一般的に採用されることの多いシミュレーション型ALMでは年金資産と負債を別個にシミュレーションすることから、割引率と運用利回りの相関を結果に反映させることが難しいと言えます。
これらの相関をシミュレーション結果に反映させるためには、バランスシート型ALMの採用が有効な手段と思われます。
ⅲ.その他、金融経済的な計算基礎間の整合性の確保
やや細かい論点になってしまいますが、イールドカーブの変動に依存する計算基礎の代表的なものとして、キャッシュ・バランス・プラン(以下、CBプラン)を採用している場合の予想再評価率が挙げられます。
CBプランを採用している場合、再評価率と割引率に正の相関が働くよう設定することで、DBOの変動を抑えるような設計としている場合があります。このような場合であれば、イールドカーブに依存するDBOの変動はないものと考え、複数シナリオでのシミュレーションを年金資産に限定することも考えられます。
なお、これはCBプランにおける予想再評価率に限った話ではありません。イールドカーブの変動に依存する計算基礎がある場合には、割引率および運用利回りとの相関を考慮した上で、シミュレーションの前提を決定する必要があると考えられます。
4.おわりに
年金ALMを実施する際にDBOを組入れるメリットは大きいですが、その際には検討すべき事項が複数あることが分かりました。これらについては、各企業の制度内容や会計方針によって取り得る対応が変化するものです。
また、計算機関によっては対応可能なシミュレーションの範囲が限定されることも考えられます。そのため、実施する際には計算機関と事前に協議を行い、シミュレーションの前提や範囲について認識を擦り合わせておくことが重要となります。
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。