PBOの自社計算で気をつけるべき「計算結果の大きな誤りに繋がる3つの作業ミス」とは?
計算ソフトを使って退職給付債務を計算している場合、3月決算企業は、次年度予算用の計算を実施する時期を迎えています。退職給付債務計算ソフトは、低コストで手軽に計算できる反面、退職給付債務計算の中身が複雑であるため、自社で計算結果の妥当性を確認することは難しいという面があります。
本コラムでは、計算ソフトの計算結果の妥当性の検証や、計算ソフトから委託計算への変更を支援した弊社の経験を踏まえて、退職給付債務を自社で計算する場合に、計算結果の大きな誤りに繋がる作業のミスについて解説します。
■はじめに
企業が退職給付債務(以下、PBO)の計算結果を入手する方法として、計算を外部に委託する方法(委託計算)と、計算ソフトを導入して自社で計算する方法(自社計算)があります。自社計算では、外部の専門家が計算に関与しないため、データや計算前提、計算結果の確認を、自社でしっかり行う必要があります。PBOは年々積み上がっていくものであり、金額も大きいため、作業のミスによる財務的な影響が大きくなることもあります。
計算結果の大きな誤りに繋がる作業ミスは、多くの場合、これからご紹介する3つのいずれかに当てはまります。
1.人員データに不備がある
弊社では、お客様から人員データを預かってPBO計算を受託していますが、ほとんどの場合、何らかのデータの不備が見つかります。不備のないデータを作成するというのは、実は、簡単なことではありません。
特に、退職金算定の起算日やポイント制の退職金データ、退職者データなどは、人事のシステムで管理していない場合や、管理していてもPBO計算で使用するフォーマットと異なることが多いので、データ作成の過程で誤りが生じやすいです。その他には、転籍者や休職中の社員が存在する場合の取り扱いも、通常の社員とは異なるデータの作成が必要になることがあるため、注意が必要です。
データの不備による計算結果への影響の大小は、項目や該当者の範囲、不備の内容にもよります。例えば、ある従業員の生年月日が数日誤っていても、計算結果への影響はほぼありません。しかし、ポイント累計の基準日を間違って作成してしまうといった、全員が対象になるような不備であれば、計算結果への影響は大きくなります。
計算結果のレポートだけを見て、データの不備に気づくことは難しいため、事前にチェックすべき事項を洗い出し、エクセルなどを駆使してデータを確認することになります。データ作成やこのような確認作業は、年に一度ということもあり、企業のご担当者は慣れていないことが多いため、どうしても確認の漏れが生じてしまいます。
< さらに専門家による委託計算では > |
---|
正確なデータを作成するために、「前年のデータとの整合性」「従業員・退職者・受給権者間のデータの整合性」についても確認します。確認事項が広範囲に及ぶことから、これらを「チェックする仕組みやツール」を整備し、「退職金制度やPBO計算の理解」「多数のPBO計算を実施した経験」を基に、計算結果の大きな誤りに繋がるミスを防いでいます。 |
2.「変更すべき設定」が変更されていない
計算ソフトで計算を実行する前に、計算前提をパラメーターとして設定(あるいは算定)します。このとき、設定を変更し忘れて、前年の設定のまま計算を実行してしまうことがあります。計算前提は、全員の計算結果に影響するため、本来の計算結果と大きく乖離する可能性があります。
通常は、計算ソフトから出力されるレポートには、これらの設定が記載されているので、しっかりと確認を行えば、比較的防ぎやすいミスです。退職率や昇給率といったパラメーターは、出力されるレポートに表示された率を見るだけでは、設定変更の漏れに気づかないことも多いです。日付の更新が漏れていないか、前年から率が変わっているか、などについても確認することが必要です。
< さらに専門家による委託計算では > |
---|
計算前提の変更によって、計算結果がどのように変わるかを一つずつ確認しています。これにより、設定が確実に反映されていることだけでなく、実績を基に算定した退職率や昇給率が適切かどうかも確認しています。 |
3.「変更すべきではない設定」を変更してしまう
先ほどと逆のケースです。設定を変更すべきではない箇所は、計算ソフトの仕様などによって異なりますが、例えば、以下のようなものがあります。
(1)PBO計算の手法(例:期間帰属方法)
(2)制度設計の内容(例:支給要件や支給率)
(3)勤続年数や年齢に応じたテーブル(例:勤続に応じた付与ポイント)
(4)固定または数年おきに変更する基礎率(例:死亡率や固定利率の再評価率)
(5)基礎率の算出のためのパラメーター(例:昇給率の上限値)
これらを変更してしまった場合の計算結果への影響は、当然内容にもよりますが、PBO計算の根幹に関わる内容であるほど、大きくなります。そのため、計算ソフトによっては、上記の(1)~(3)のようなPBO計算の大前提については、ユーザーが変更できないように制限されています。
退職金制度が複雑なほど、「変更すべき部分」と「変更すべきではない部分」が混在するため、誤りが生じやすくなります。変更すべきではない部分について、「変更されていないことを確認する」といった業務フローを作成している企業は少ないかもしれません。変更すべきではない部分を一度変更してしまうと、それに気づかないまま、誤った計算を続けてしまう危険性があります。そのため、自社計算を行う企業には、変更すべきではない部分もチェックすることが求められます。
< さらに専門家による委託計算では > |
---|
新しい年度の計算時には、人員データや日付だけを更新し、それ以外は前年と同じ設定で、最初に計算を行います。この計算結果と前年の計算結果を比べて、計算結果の変化が、人員データや日付の変化に対応しているかどうか確認しています。その上で、先の2.「変更すべき設定」が変更されていない、でご紹介したような、計算前提の変更による計算結果への影響を一つ一つ確認して、意図しない設定の変更を防いでいます。 |
■まとめ
PBOの自社計算は、外部の専門家が関与しない分、作業や確認のフローをしっかり定めて、計算を行う必要があります。特に、従業員数が多い企業や勤続年数の長い社員が多い企業は、PBOの積み上がりも大きくなっているので、設定のミスが与える金額的な影響は大きくなりがちです。
最近では、計算ソフトを使用して自社計算している企業様から、委託計算への変更や、自社計算結果が妥当であることを確認するための計算について、ご相談いただくことが増えています。次年度予算や今年度決算での作業を通じて、自社計算の体制や計算内容に不安がありましたら、ぜひご相談ください。
あわせて読みたい記事はこちら
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
この記事を書いた人 取締役 日本アクチュアリー会準会員 / 1級DCプランナー(企業年金総合プランナー) 辻󠄀 傑司 |
|
世論調査の専門機関にて実査の管理・監査業務に従事した後、2009年IICパートナーズに入社。 退職給付会計基準の改正を始めとして、原則法移行やIFRS導入等、企業の財務諸表に大きな影響を与える会計処理を多数経験。 |