退職給付債務計算を自社計算から委託計算に変更するメリットと注意点

目次
企業が退職給付債務の計算結果を入手する方法として、日本では大きく分けて2つの形があります。計算を外部に委託する方法と、計算ソフトを導入して自社で計算する方法です(以下、それぞれ委託計算と自社計算と呼びます)。
本コラムでは、自社計算を行なっている企業向けに、委託計算への変更により得られるメリットと注意点について、見ていきたいと思います。
1.委託計算に変更するきっかけ
自社計算から委託計算への変更を検討するのは、どういった場合でしょうか。よくあるのは、退職給付債務といった専門的かつ金額の大きい数値を自社で算出することのリスクを認識したときです。
退職給付債務は専門的な手法により計算されていることもあり、企業の担当者がその内容を正確に理解しているケースは少ないと考えられます。退職給付債務の計算方法は、公益社団法人の日本アクチュアリー会と日本年金数理人会が公表している「退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」の中で詳細に記載されていますが、専門家向けに書かれたものなので、目を通したことがある企業の担当者はほとんどいないのではないでしょうか。
また、退職給付債務は将来支払うであろう退職金の内、現時点の支払い義務に相当するもので、徐々に積み上がっていきます。退職金の水準は企業によりますが一人当たり数百万円~三千万円くらいで、原則的な退職給付債務計算を求められるのが300人以上であることを考えると、設立してまだ間もない企業を除けば、積み上がっている額はかなりの金額になっていることでしょう。そのため、たった数パーセントの影響も、金額でみると比較的大きな影響になりがちです。

計算ソフトの内部でどのような計算が行われているかを正確に理解していないまま、大きな金額を扱っていることは担当者にとって不安な部分でもあり、計算に誤りがあった場合の影響度を考えると企業にとってはリスクとなります。特に、このことが認識されやすいのは、計算ソフトを扱う担当者が交代になるときです。前任者が退職給付債務について理解を深めていたとしても、もともと難しい退職給付債務について後任に教えるのは簡単ではありませんし、計算ソフトの操作ミスや使用するデータの誤りの見逃しも起きやすくなります。
会計監査を受けている場合、監査法人の公認会計士から委託計算を勧められることもあります。公認会計士にとって退職給付債務計算は専門外であり、監査における検証の負担は大きいため、自社計算を受け入れないケースもあるようです。これまで自社計算を続けてきた企業が同じ監査法人から急に委託計算を求められることはないと考えられますが、監査法人を変更したときに、委託計算を推奨されることは十分ありえます。
2.委託計算に変更することでどのようなメリットがあるか
それでは、自社計算から委託計算に変更することでのメリットをいくつか挙げてみたいと思います。
有資格者の確認書付きの報告書を入手できる
委託計算を引き受けている会社には、必ず退職給付を専門とした有資格者であるアクチュアリーや年金数理人がいます。退職給付債務は確率・統計学を中心とした高度な数理的知識を基に計算されおり、彼らはこの数理的知識を問う難易度の高い試験に合格したスペシャリストです(以下、アクチュアリーと呼びます)。
アクチュアリーは計算に用いる人員データや昇給率といった計算基礎、計算結果の妥当性を、退職給付債務のロジックを踏まえて適切に判断することができます。計算に用いる人員データは企業から受領しますが、計算結果に影響を及ぼす誤りについては依頼元の企業に修正を依頼し、計算基礎はデータの異常値も踏まえて設定します。また、計算作業には2人以上が関与し、ミスを見逃さないような検証体制になっています。このようなプロセスを経た上で発行される計算結果の報告書には、有資格者が確認したことを証明するアクチュアリーの署名入りの確認書が添付されており、社内や監査法人に対する計算結果の信頼性を担保します。
計算作業から担当者を解放し、社内のリソースを確保できる
自社計算では、決算日時点の人員データを使用して計算することが一般的であり、割引率といった計算基礎も決算日後に利用できるようになるため、必然的に期首の業務が忙しい時期と計算作業が重なります。計算ソフトのボタンを順番に押すだけで計算結果は出力されるので、作業自体に不安は感じていないかもしれませんが、退職給付債務の専門性と金額の大きさを考えると、担当者が感じている以上に責任を負っていると見ることができます。また、社内の作業にも少なくとも2名が関与し、ダブルチェックが行われているはずです。委託計算に変更して計算業務を外部にアウトソースすることで、社内の人材リソースを確保し、担当者には本来の業務に専念してもらうことができます。
監査法人からの質問に対応してもらえる
会計監査を受けている場合、担当者が最も苦労するのが、計算結果や前提に関する監査法人からの質問への対応です。退職給付債務は複雑な過程を経て計算されているので、その質問が専門的な内容に及ぶことも少なくありません。特に、監査法人を変更した場合には、計算ソフトの設定が一から問われることも多く、対応に苦労することが多いと考えられます。委託計算であれば、監査対応をサポートしている委託先を選ぶことで、専門的な質問にも代わって対応してもらえることが期待できるので、担当者も質問対応に時間を取られることがなくなります。

委託先の担当者がアドバイスしてくれる
コンサルティング会社に委託計算を依頼する場合、窓口の担当コンサルタント自身が退職給付債務の計算を行なって、直接報告してくれることも多いので、計算結果に関して詳細な説明を受けられます。また、担当コンサルタントは他の企業も担当しているので、他社の事例を基に、退職給付会計や退職金制度についてアドバイスをしてくれるかもしれません。上手く活用すれば、情報収集や実りある提案を受けられる等、委託計算の価値を高めることができます。
3.委託計算に変更する際に注意すること
委託計算には自社計算では得られないメリットがありますが、自社計算ならではの低コストや柔軟性を失うことになるので、委託の必要性の検討はもちろんのこと、スムーズに実務が進むように委託先の選定や業務のフローも検討する必要があります。それでは、委託計算に変更する際の注意事項を見てみましょう。
コスト負担が大きくなる
委託計算への変更で一番気にかかるのはコストでしょう。自社計算では導入時のイニシャルコストと保守料などのランニングコストがかかり、委託計算では依頼ごとにコストがかかります。委託先によっては初回計算と2回目以降で料金が異なるケースもあります。委託計算の料金は、自社計算のランニングコストの2倍くらいが一般的であるため、コストが増加することになります。一方で、外部監査を受けている企業であれば、自社計算から委託計算への変更により監査の手続きが減って、監査法人に支払う監査報酬を下げられる可能性もあるので、検討時にはその点も事前に確認しておきましょう。
好きなときに計算できなくなる
自社計算では、計算ソフトを使って手元で自由に計算を実行することができます。例えば、予算や決算直前のプレ計算を実施している企業も多いと思われます。一方、委託計算の場合、基本は年1回の計算が想定されており、年2回以上の計算には追加料金が発生することになります。よって無駄な計算コストをかけないように、本当に数値が必要なタイミングを社内で確認して、計算を依頼することが望まれます。委託先によっては、2回目の計算は1回目よりも割安の料金で提供したり、予算用の計算が含まれた料金プランを用意していたりするので、委託先を選定する際にチェックしましょう。
変更時に計算ソフトとの計算結果に差異が出る
退職給付債務は、計算ソフトの販売会社や委託先企業の各社が独自で開発したシステムにより計算されています。基本的な計算方法は同じですが、システムの仕様は同じではありません。システムの開発に使用しているプログラミング言語も異なりますし、年齢や勤続年数の端数の処理などのガイダンスには書かれていないような細かい部分の取り扱いも同じではありません。経験上、これらの差異は退職給付債務の±2~3%程度になります。これ以上の差異が発生するようであれは、計算方法の考え方の違いに起因する可能性が高いので、要因を調査することをお勧めします。委託先には要因の調査に加え、その結果をわかりやすく説明してくれる会社を選ぶことで社内外への説明もスムーズに進めることができます。なお、これらの差異は数理計算上の差異として処理するのが一般的となっております。
スケジュールを従来よりも管理する必要がある
計算を外部に委託すると自社で完結しないので、計算を委託している期間、具体的には人員データを委託先に提出してから報告書が入手できるまでの期間をスケジュールに考慮する必要があります。自社計算を行っている企業の場合、決算日時点の人員データを使用して計算をしていることが多いため、委託計算に変更した後も同じように決算日時点の人員データを使用するのであれば、決算のスケジュールに影響が出ないように「いつまでに人員データを委託先に提出する必要があるのか」「いつまでに報告書を入手できるか」を委託先とよく調整しておく必要があります。人員データを提出してから報告までの時間は、データの修正などのやり取りを含めて概ね、コンサルティング会社では1ヵ月以内、金融機関の場合は2~3か月と考えればよいでしょう。
上記の期間から逆算して、決算日時点の人員データを利用することが難しい場合は、使用するデータの時点を前倒しすることも選択肢となります。本来、データの時点は決算日であることが原則ですが、委託計算への変更によりアクチュアリーによる確認書が発行されることで計算結果の信頼性が担保されることを踏まえると、監査上も受け入れられやすいと考えられます。

以上、自社計算を行う企業が委託計算に変更することのメリットやその際の注意事項について見てきました。自社計算の体制に不安をお持ちの企業は、委託計算への変更について検討してみてはいかがでしょうか。本コラムがその際の参考になれば幸いです。
あわせて読みたい記事はこちら
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
![]() |
この記事を書いた人 取締役 日本アクチュアリー会準会員 / 1級DCプランナー(企業年金総合プランナー) 辻󠄀 傑司 |
世論調査の専門機関にて実査の管理・監査業務に従事した後、2009年IICパートナーズに入社。 退職給付会計基準の改正を始めとして、原則法移行やIFRS導入等、企業の財務諸表に大きな影響を与える会計処理を多数経験。 |