退職給付債務計算ソフトを使用した自社計算で「ミスを減らす」ポイントとは?

企業が退職給付債務の計算結果を入手する方法として、日本では大きく分けて2つの形があります。計算を外部に委託する方法と、計算ソフトを導入して自社で計算する方法です(以下、それぞれ「委託計算」と「自社計算」と呼びます)。ここ数年、自社計算を行っている企業から、「人事データの誤りが多く苦労している」、「会計処理のミスを監査法人から指摘された」などのお問い合わせをいただくことが増えてきました。
本コラムでは、ミスなく退職給付債務計算ソフトを使用するために、実務のご担当者が「確認しておくべきポイント」を、業務のステップごとにご紹介します。ご担当の業務に関連するところからご確認ください。「毎年やっているから大丈夫」とお考えの方にとっても非常に有益な内容となりますので、予算策定前のこの時期にポイントを押さえておきましょう。
また、9月下旬に予定しているセミナー「退職給付債務計算ソフト、正しく使えてますか? ~起こりやすいミスを徹底解説!~」では、本コラムで挙げたチェックポイントについて、具体例を用いながら詳しく解説します。どなたでも無料でご参加いただけますので、本コラムのチェックポイントの内容をより詳しく知りたい方、業務に不安を感じている方は、お気軽にお申込みください。
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1.事前に確認すべきこと
計算を進める前に、以下のような項目をチェックして、退職金制度の変更やその他特殊な事情がないか確認をしましょう。もし該当する場合、退職給付債務へ影響する可能性があります。計算ソフトの設定の変更や、特別な会計処理をしなければならない場合もありますので、計算ソフトの契約先へ早めに事情を共有しておきましょう。
◆ 前期末以降、退職金制度の変更はないか
◆ 今後1年間、退職金制度の変更を予定していないか
◆ その他、以下の項目にあてはまる場合は特別な対応が必要となります
(1)従業員の大量退職(事業所の閉鎖、リストラ、早期退職優遇制度の実施など)
(2)基準給与の体系変更
(3)定年年齢の変更
(4)事業再編(合併、分割、事業譲渡、親会社の変更など)
(5)IFRSの任意適用
(6)子会社の原則法移行
2.人事データを作成する
計算に使用する人事データが正しくないと、正しい計算結果は得られません。人事データの作成ミスは非常に多く、弊社で委託計算を行う際、ご提出いただいた人事データを検証し、概ね2~3回ほどデータの確認や修正をお願いしております。自社計算を行う場合、外部の計算機関からの検証を受けないため、自社できちんと正しいデータを作成し、確認する体制づくりが必要です。
計算機関によって検証する内容は異なりますが、弊社では次のような視点で検証を行うことが多いです。人事データを作成する際に、ぜひご参考にしてください。
◆ 必要データの漏れ・重複はないか
◆ 計算対象外(役員やアルバイトなど)のデータが含まれていないか
◆ 基準日時点の年齢に不整合はないか(定年年齢以上は存在しないか)
◆ 給与・ポイントが高すぎたり、低すぎたりしないか
◆ 昨年のデータと比較して、性別・生年月日・入社年月日は変わっていないか

3.計算ソフトを使用する
退職率・予想昇給率などの計算基礎は専門性が高いため、ミスに気づきにくい部分です。「作業の内容は理解していないが、前回と同じ操作をすれば大丈夫」とお考えの方も多いのではないでしょうか。例えば、死亡率のように毎年見直しを行わない計算基礎について、更新を見落としているケースがあります。思わぬところで修正が発生して決算期に慌てなくて済むよう、次のチェックポイントのように、計算基礎の見直しの有無や設定内容は毎年整理を行っておきましょう。
◆ 割引率は自社の方針に沿って設定しているか
(重要性基準に抵触していないか、設定方法やイールドカーブは方針に沿っているか)
◆ 退職率・予想昇給率は前回算定時から5年以上経過していないか、もしくは見直し時期に該当していないか
(DB制度における年金財政の率を使用している場合、直近の年金財政の率と一致しているか)
◆ 死亡率は最新のものを設定しているか
◆ (DB制度の場合)一時金選択率の設定方法は正しいか
◆ (キャッシュ・バランス・プランの場合)予想再評価率の設定方法は正しいか
また、制度によっては、計算基礎を見直した際に退職給付債務が大きく変動する可能性があります。計算基礎見直しによる退職給付債務への影響は、作業の内容について理解をすることでイメージしやすくなります。影響額の要因について社内や監査法人へ説明ができるようになると、決算期の対応もスムーズに進めることができるでしょう。
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4.会計処理をする
退職給付引当金や退職給付費用を求める会計処理は、複雑で専門的な知識が必要ですので、属人化しやすい業務です。特に、引継ぎの際に次のようなポイントでミスが発生しやすいです。計算基礎と同様、処理方法を整理し、退職給付会計のワークシートを活用するなどして、業務を標準化することが大切です。また、計算機関によってはワークシートの作成をサポートしているところもあるため、計算機関のサービスを活用することも有効です。
◆ 期末までの退職者で、支払いが翌期となる場合の給付額の取扱いは正しいか
◆ 退職給付債務の計算対象に含まれていない給付額(功労加算金、退職慰労金など)は、給付支払額から除外しているか
◆ プラスとマイナスの符号は正しく処理されているか
◆ 未認識項目は正しく管理されているか(端数調整や更新作業は正しいか)
◆ 平均残存勤務期間が未認識項目の償却年数を下回っていないか
◆ エクセルの関数の誤りや入力ミス・転記ミスはないか
おわりに
以上、自社計算をミスなく行うために確認しておくべきポイントについてご紹介しました。普段何気なく作業をしていて、気づかなかった部分や足りない部分があるかもしれません。決算期の急な対応を防ぐべく、この予算策定の時期から、ミスをしやすいポイントを把握し対策してみてはいかがでしょうか。
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
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この記事を書いた人 佐々木 杏珠 事業推進部 |
東京理科大学理学部数学科卒。 2019年にIICパートナーズに入社し、退職給付債務計算や新たにお問い合わせ頂いた企業への業務改善提案などを担当。 |