制度統合に伴う簡便法から原則法への移行の会計処理
1.はじめに
退職給付債務の計算において、合併により従業員数が300名以上となっても退職金制度をすぐに統合しない場合、退職金制度ごとに見て300名未満であれば、原則法に移行する必要はありません。簡便法か原則法かの判断は制度ごとに行うからです(退職給付に関する会計基準の適用指針第47項)。
その後の退職金制度の統合によって、同一の退職金制度が適用される従業員数が300名以上となった場合には原則法への移行が必要となります。
また合併前の旧社にはそれぞれの制度があるため、同時に制度変更も生じていることになります。この際、退職給付会計上の「過去勤務費用」が発生するのかどうか、といった点が論点になることがあります。
2.設例
数値例を基に会計処理方法について考えてみたいと思います。
【 前提 】
・同じグループ会社のA社とB社が合併し、1年後に退職金制度の統合を行った
・従業員数はA社とB社それぞれ200名ずつで簡便法を適用
・合併前の制度はA社、B社共に異なる退職一時金制度
・制度統合後はA社、B社とも異なる新たな退職一時金制度を導入
・簡便法から原則法への移行は、会計上の見積りの変更として扱い、特別損益として処理する
各制度および計算方法によるA社の退職給付債務は下記のようになった。
3.会計処理の考え方
制度統合と同時に原則法への移行を行う場合、旧A社に関わる会計処理としては以下の2通りの方法が考えられます。
【 パターンA 】簡便法で新制度に変更し、その後原則法に移行したと考える
簡便法では過去勤務費用の認識が認められませんので、新制度への変更による退職給付債務の変動は一括で費用処理することになります(1)。
新制度変更後の原則法移行による影響額は、特別損益として処理します(2)。
結果的に、すべての退職給付債務の変動が一括で費用処理されることになり、合わせて特別損益で処理するケースが多いようです(3)。
設例では、50(=150-100)の特別損失という結果になります。
実務的な負担を考えた場合、原則法での計算は統合後の新制度のみ実施すればよいため、退職給付債務計算の負担(計算コストやデータ作成の手間)は次のパターンBに比べて小さくなります。
【 パターンB 】旧制度で原則法に移行し、その後新制度に変更したと考える
この方法では原則法移行と制度変更による影響を区別して処理します。まずは旧制度を基に原則法に移行し、その影響額を特別損益で計上します(1)。
その後新制度に変更し、影響額を過去勤務費用として認識します(2)。
過去勤務費用は発生時から平均残存勤務期間以内の一定の年数で償却することになります。
設例では、特別損失30(=130-100)と過去勤務費用20(=150-130)という結果になります。
パターンAとの大きな違いは、退職給付債務の変動の一部が過去勤務費用の償却費用を通じて経常利益に影響することです。過去勤務費用は設例では損失方向で発生していますが、給付水準が下がるケース等では利益方向で発生することも考えられます。
この方法での留意点としては、旧制度で計算対象となる従業員数は300名未満ですので、旧制度の原則法計算が合理的かどうかの検討が必要です。また、旧制度は旧社分(設例ではA社とB社)の計算が必要となるため、退職給付債務計算の負担がパターンAに比べて大きくなる点に注意が必要です。
4.おわりに
簡便法から原則法に移行する際には、退職給付債務の計算方法にもよりますが、比較的大きな影響額が発生します。特に退職金制度の統合時には、給与・人事制度の統合が先だって行われることが多く、いつ頃にどのような対応が必要なのか、スケジュールの見通しを立てて進めることが重要となります。
また、財務諸表への影響を早めに把握することは当然のことながら、直前になって退職給付債務の計算方法や会計処理方法が変更になるといった事態にならないように、事前に企業・監査法人・計算機関で認識を共有して、実務を進めるようにしましょう。
※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
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