事業再編と基礎率について~割引率の統合~

目次
- 1 :各社の割引率の違い
- 2 :割引率統合のタイミング
- 3 :重要性基準
- 4 :実例紹介
各社の割引率の違い
事業所の統合があった場合、それぞれで適用してきた割引率は相違することが多いかと思います。例えば、一方の事業所がイールドカーブ直接アプローチを採用し、もう一方の事業所がデュレーションアプローチを採用している場合のように割引率の設定方法が違うことがあります。
また同じ設定方法でも、デュレーション(年数)が相違する場合など、単一の加重平均割引率が相違することがあります。なお、合併に限らず事業所の再編が行われると、おのずと人員構成が変動し、将来のキャッシュフローの予測値が変わりますので、割引率も変動します。
◆ 採用するイールドカーブが違う
◆ 割引率の設定方法が違う
◆ デュレーション・単一の加重平均率が違う
どのような場合でも、合併等により事業所が統合された際にはいずれかのタイミングで割引率を統合することになるかと思います。
割引率統合のタイミング
割引率については、原則として一本化されるべきであることを考えると、事業所統合後、最初の退職給付債務計算のタイミングには洗い替えることになるものと思われます。
その一方、通常の流れであれば、事業所の統合後、まず人事制度の統合が行われ、そのあとに退職給付制度の統合が行われることから、数年間は複数の制度にて運営されることが多いかと思います。
この場合には、退職給付債務の計算委託先も相違し、基礎率の統合は難しいことも考えられます。そのため、実務上は退職給付制度の統合が完了したのち、他の割引率等の基礎率とともに、割引率を統合することが多いようです。例えば制度統合による過去勤務費用を計算するタイミングなどが考えられます。

企業会計基準委員会の「退職給付に関する会計基準の適用指針」23項に下記の記載があります。
「同一事業主が複数の退職給付制度を採用している場合における各計算基礎は、同一でなければならない。ただし、単一の加重平均割引率、年金資産のポートフォリオ又は運用方針等が異なる場合の長期期待運用収益率等、退職給付制度ごとに異なる計算基礎を採用することに合理的な理由がある場合を除く。」
事業所統合後、複数の既存制度を実施している状態の場合には、それぞれの制度ごとに割引率を設定することも合理的と考えられます。
重要性基準
重要性基準として、割引率の変動が重要でない場合は変更をしないことが認められており、実際に適用されている事業所も多いかと思います。
事業所の統合において、割引率の変動がわずかでも、重要性があると考え割引率を変更するケースがある一方、重要性基準を適用してどちらか一方の割引率を使い続けるケースもあるようです。この場合は吸収合併など、事業所規模の相違などにより判断が分かれるところかと思われます。
また、重要性基準を一回はずしたと見なされた場合には、以後重要性基準を適用できなくなることも考えられますので注意が必要です。
実例紹介
次に、実例を紹介していきたいと思います。ケースバイケースで正解というものはないかもしれませんが、何らかの参考になれば幸いです。
なお、合併前の計算委託先が異なる場合があります。あとから再度計算が必要になり、追加の計算コストがかかる恐れもありますので、過去勤務費用も含め計算基礎率の対応について、事前に十分に検討し手配しておくことをお勧めします。
【実例その1:吸収合併】
事業所A(存続会社):2,000人
・ 等価アプローチ(1.2%・重要性基準あり)
・ DB・DC・退職一時金
事業所B(事業所Aの子会社):300人
・ デュレーションアプローチ(0.8%・重要性基準あり)
・ 退職一時金
事業所Aが事業所Bを統合、半年後に事業所Aの年金・退職金制度に統合したが、事業所Aの割引率を適用(重要性基準により継続)。
親会社が子会社を吸収合併するなど、企業規模が大きく違うことがあります。この場合、会社間で割引率やその取扱いが相違する場合であっても、存続会社の割引率を継続することが多く見受けられます。本来であれば割引率の統合についても検討すべきものと思われますが、重要性が低いことや、存続会社の会計処理の継続性と関連してこのような取り扱いになるものと思われます。
なお、割引率以外の基礎率(退職率・昇給率等)も事業所Aの基礎率をそのまま適用しています。
【実例その2:制度統合時に割引率を統合】
事業所A(存続会社):2,000人
・ デュレーションアプローチ(0.8%・重要性基準あり)
・ 退職一時金
事業所B:500人
・ デュレーションアプローチ(1.0%・重要性基準あり)
・ 退職一時金
事業所の統合後、約1年後に退職金水準を合わせるため退職一時金を統合し、事業所A、Bとも制度改定。制度変更による過去勤務費用の計上を行うときに、割引率を統一(デュレーションアプローチ0.5%)。

事業所の統合直後の決算においてはそれぞれの割引率にて計算を行っていたものの、退職給付制度の統合を行ったときに、割引率を統合しました。制度が一つにまとまるのであれば、基礎率が複数存在することの合理性がなくなったものと考えられます。
なお、割引率以外の基礎率(退職率・昇給率等)も制度統合を機に統一しています。
※過去勤務費用計算時に、制度変更前後で違う加重平均割引率を適用する事例が出てきています。会計基準が改正されたことにより、割引率がキャッシュフローに基づくようになり、制度内容や人員構成が変わると加重平均割引率が変動するためかと考えられます。
【実例その3:制度統合時にイールドカーブの統合】
事業所A(存続会社):300人
・ 直接アプローチ(社債イールドカーブ・重要性基準あり)
・ DB・退職一時金
事業所B:400人
・ 直接アプローチ(国債イールドカーブ・重要性基準あり)
・ DB・退職一時金
事業所の統合後、約1年後に退職金水準を合わせるため年金・退職一時金を統合。事業所A、Bとも制度改定。制度変更による過去勤務費用の計上を行うときに、直接アプローチ(社債イールドカーブ)に統一。

双方とも直接アプローチでありながら採用しているイールドカーブが違う場合で、事業所の統合直後の決算においてはそれぞれのイールドカーブにて計算を行っていたものの、制度改定を伴う統合を行ったときに、割引率を統合しました。こちらも実例その2と同様、制度が一つにまとまるのであれば、基礎率が複数存在することの合理性がなくなったものと思われます。
直後の決算期末にイールドカーブを揃えなかったのは、委託先が異なり、対応が難しいこともあったのかと思います。
【実例その4:制度統合後の決算で割引率を統合】
事業所A(存続会社):1,000人
・ デュレーションアプローチ(0.5%・重要性基準あり)
・DB・退職一時金
事業所B:1,500人
・ デュレーションアプローチ(1.5%・重要性基準あり)
・ 退職一時金
事業所の統合後、約1年後に退職金水準を合わせるため年金・退職一時金を統合。統合時の過去勤務費用はそれぞれの事業所でかつて使用していた割引率も含めた基礎率を使用。その後迎えた決算期末の計算にて割引率や基礎率を統合。

統合前の計算委託先が異なっており、過去勤務費用計算時の変更前DBOについては、各委託先で計算していたため、異なる基礎率を採用していました。再計算を行うことにより計算コストが上昇することを抑えることもあり、過去勤務費用は異なる基礎率で計算することになったようです。
【実例その5:制度統合前の決算で割引率を統合】
事業所A(存続会社):1500人
・ 等価アプローチ(1.0%・重要性基準あり)
・DB・退職一時金
事業所B:2000人
・ デュレーションアプローチ(1.3%・重要性基準あり)
・ 退職一時金
会社の統合後、1年後に事業所Aの制度に統合を計画していたが、それを待たずして初回の決算で割引率を統合(等価アプローチ・0.7%)。一度重要性基準を任意で外したということになり、以後重要性基準は適用除外。

事業所の統合後、制度の統合まで時間がかかることから、初回の決算にて割引率を一本にしました。もともと重要性基準は、基準に抵触した際、数理計算上の差異が一気に膨らむといった問題点があり、以後重要性基準の適用をやめることとなりました。
各基礎率の統合は複数の計算委託先に個別に委託しており、このケースでは一気に統合することが難しかったようです。
あわせて読みたいページはこちら
- □ 割引率とは