Q&Aでわかる!期末決算時の割引率の決定

最終更新日:2023年3月31日
3月に入り、多くの日本企業は退職給付会計における諸数値を確定させる時期が近づいてきました。期末の退職給付債務を確定するためには、重要な計算前提の一つである割引率を決定する必要があります。
本コラムでは、日本基準を適用している企業の担当者から期末に割引率を決定するにあたって、よく質問をいただく点をQ&A形式でまとめました。
期末の割引率の把握
Q.割引率の決定にはどのような利回りを参照しますか。
割引率の決定にあたり参照するのはイールドカーブと呼ばれる利回りの曲線です。一般的な利息の支払いのある利付債ではなく、期中での利息の支払いがなく満期での支払いのみを約束する債券(割引債)の利回りとなります。割引債の利回りは必ずしも市場で観測できるわけではないので、市場の債券データから数理的なモデルを用いて推定します。

Q.イールドカーブはどのように入手しますか。
イールドカーブは計算委託先や計算ソフトの販売会社(以下まとめて、計算機関)から入手します。計算機関によってイールドカーブの推定に使用する債券データや推定モデル等が異なるため、提供されるイールドカーブは計算機関ごとに異なります。各計算機関からは国債と社債それぞれのイールドカーブが提供されますので、毎年採用している方を使用しましょう。なお、期末を迎えてから計算委託先に計算してもらっている場合は、採用すべきイールドカーブは報告書に記載されていることが一般的です。
Q.イールドカーブからどのように割引率を決めればよいでしょうか。
割引率の決定方法には下記の(1)~(4)の方法があり、毎年同じ方法で割引率を算出します。
(1)イールドカーブ直接アプローチ
(2)イールドカーブ等価アプローチ
(3)デュレーションアプローチ
(4)加重平均期間アプローチ
期末を迎えてから委託先に計算してもらっている場合は、算出された割引率は報告書に記載されますが、期末前に計算済みの場合は、企業側で期末に割引率を算出することになります。
(1)はイールドカーブが割引率そのものなので、割引率を算出するという作業は必要ありません。(2)は退職給付債務のキャッシュフローを使ってやや複雑な計算が必要となるため、提供されるツールや計算ソフトを用いて割引率を算出することになります。(3)(4)は事前の報告書に記載されているデュレーションや加重平均期間を使ってイールドカーブから比較的簡単に割引率を算出することができます(作業の効率化のため計算委託先からツールが提供されることも多い)。
具体的な算出方法は、下記の解説をご覧ください。
・ 割引率とは
Q.割引率が0%を下回った場合、マイナスの割引率を使っていいのでしょうか。
企業会計基準委員会が公表している実務対応報告第34号および第37号により、当面の間は「ゼロを利用する方法」と「マイナスの利回りをそのまま利用する方法」のいずれも認められています。継続性の観点から一度決めた方針は継続して適用することが求められますので、割引率がゼロを下回った際には、いずれの方法を採用するか判断が必要となります。計算機関によっては、イールドカーブの下限をゼロとして提供しているケースもありますので、その場合は必然的にゼロを利用することになります。
割引率の補正方法
Q.計算委託先の報告書に期末時点の割引率による計算結果が記載されていません。
決算日を迎える前に計算結果の報告書を入手している場合は、報告書に期末の割引率は記載されず、代わりに2通りの割引率による計算結果が報告されていることが多いです。これは2通りの割引率による計算結果があれば、「2点補正」と呼ばれる方法で任意の割引率による計算結果を近似することができるためです。単純に比率で計算する線形補間と少し複雑な対数補間という2つの方法があり、計算委託先から提供される補正用のツールを使って補正するのが一般的です。なお、イールドカーブ直接アプローチの場合は、2点補正は使えないため、別の手法で補正することになります。
Q.線形補間と対数補間のどちらを使えばよいでしょうか。
従来から補正計算している場合は継続性の観点から、昨年と同じ補正方法を使用します。
初めて補正計算を行う場合は、いずれかを選択します。線形補間は考え方が分かりやすく、対数補間は精度が良いという違いがあるので、この点を踏まえて選択しましょう。いずれの方法であっても精度の低下を避けるため、補正対象の割引率が補正用の2つの割引率の間にあることが重要です。
Q.期末の割引率が事前に計算した2つの割引率の範囲外となってしまいました。
範囲外の割引率で補正すると、本来の精緻な計算結果に対して、補正結果が過小になってしまうことが分かっています。特に2つの割引率の範囲から遠ざかるほど、本来の計算結果との乖離が大きくなります。精度が落ちるものの補正した計算結果を使用するか、決定した割引率で再計算を行うか、重要性を踏まえて判断することになります。このような事態を想定し、予め計算する補正用の2つの割引率は、0.0%と1.0%を選ぶなど、ある程度の余裕を持って設定しましょう。

割引率の重要性基準
Q.割引率は毎期変更する必要がありますか。
会社の方針として割引率の変更に関する重要性基準(以下、割引率の重要性基準)を適用しているかどうか次第になります。適用している場合は、割引率の変動が退職給付債務に重要な影響を及ぼすと判断した場合に割引率を変更します。具体的には、前期末に用いた割引率による退職給付債務と比べて、退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときには、重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率に変更します。適用していない場合は毎期変更が必要です。
Q.割引率の重要性基準はどのように判定すればよいでしょうか。
以下の3つの方法が考えられます。
(1)期末の割引率で精緻に計算した結果を用いて比較する
(2)期末の割引率で補正計算した結果を用いて比較する
(3)退職給付会計に関する数理実務ガイダンス(付録1)の目安表で判定する
(1)(2)は実際に退職給付債務を計算して、10%以上の変動があるかどうか確認する方法です。期末の割引率で計算委託先から報告してもらえる場合や計算ソフトを導入している場合は(1)、決算日前に計算委託先から報告書を入手している場合は(2)で対応が可能です。会計基準上は10%以上変動するかどうか「推定」できればよいので、前期末の割引率と事前に計算したデュレーションを用意し、(3)の目安表で判定することも可能です。いずれにしても恣意的な判断にならないように、毎年同様の方法で判定することが重要です。
Q.これまで割引率の重要性基準を適用していませんでしたが、当期末から適用できますか。
すでに原則的な取り扱いを行っているため、容認規定である重要性基準を新たに適用することはできないと考えられます。
Q.これまで割引率の重要性基準を適用していましたが、当期末から非適用とすることはできますか。
原則的な取り扱いへの変更として、重要性基準を非適用とすることは認められるものと考えられます。その際の退職給付債務への影響は数理計算上の差異として処理します。なお、当期末のみ非適用とする取り扱いはできず、当期末以降、非適用としなければなりません。一度非適用とすると、今後適用することができませんので、慎重な判断が必要です。
まとめ
割引率は計算結果への影響が大きく、注記項目になっていることからもわかるように、退職給付債務の最も重要な計算前提といえます。毎年同様のルールに基づいて決定することが大切ですので、前年度の決定の手順を再確認し、判断を誤ることなく割引率を決められるようにしましょう。
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※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。
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この記事を書いた人 取締役 日本アクチュアリー会準会員 / 1級DCプランナー(企業年金総合プランナー) 辻󠄀 傑司 |
世論調査の専門機関にて実査の管理・監査業務に従事した後、2009年IICパートナーズに入社。 退職給付会計基準の改正を始めとして、原則法移行やIFRS導入等、企業の財務諸表に大きな影響を与える会計処理を多数経験。 |