「会計上の見積りの開示に関する会計基準」に対する退職給付会計上の対応

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「会計上の見積りの開示に関する会計基準」に対する退職給付会計上の対応

2020年3月31日に、ASBJから「会計上の見積りの開示に関する会計基準」が公表され、2021年3月末決算から原則適用となります(早期適用可)。

この基準について、退職給付会計関連でどのような対応がありえるのか、お伝えしたいと思います。

退職給付債務計算に関して相談をご希望の方へ

【ポイント】

    • 「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(以下、「会計上の見積り開示会計基準」)において、重要な会計上の見積りについては、追加での開示が求められている。

    • 退職給付会計における重要な会計上の見積りとしては、退職給付債務の計算基礎(割引率等)及び期待運用収益の計算基礎(長期期待運用収益率)が該当する可能性がある。

    • 仮に、重要性がある場合は、退職給付債務や期待運用収益の見積りにあたって使用している割引率や長期期待運用収益率の変動による翌期の退職給付費用への影響額を開示することが考えられる。

  • 会計上の見積り開示会計基準は、2021 年3 月末決算から適用する(早期適用可)。 但し、前期比較情報としての、適用前年度分の注記は省略することができる。

2.開示する項目の識別(会計上の見積り開示会計基準第5項)

 

各企業は、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、「翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目」を識別する必要があります。

<退職給付会計上の取扱い>
上記項目に該当する「財務諸表上に計上した金額」とは、退職給付会計における「退職給付に係る負債又は退職給付に係る資産(連結)」又は「退職給付引当金又は前払年金費用(個別)」となります。

また、これらの金額の基礎数値として退職給付債務が位置付けられ、この退職給付債務は、割引率などの計算基礎に基づく見積数値として算定されています。

つまり、割引率などの見積り次第で、退職給付債務が変動するリスクがあり、遅延認識処理に基づき、翌期及びそれ以降の退職給付費用が変動するリスクがあります。

このような退職給付費用の変動リスクが重要であると判断できる場合には、注記すべき項目として識別することになります。

 

3.注記事項(会計上の見積り開示会計基準第6項~第8項)

 

識別した項目について、「会計上の見積りの内容を表す項目名」のほか、以下(1)及び(2)を注記することとされています。

(1) 当年度の財務諸表に計上した金額

(2) 会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報
…各企業が、開示目的に照らして適切と考えられる注記、例えば以下①~③のような注記を行います。

<例>
 ①当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法
 ②当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定
 ③翌年度の財務諸表に与える影響

なお、上記(1)及び(2)の事項について、会計上の見積りの開示以外の注記に含めて財務諸表に記載している場合には、会計上の見積りに関する注記を記載するにあたり、当該他の注記事項を参照することにより当該事項の記載に代えることができるとされています。

<退職給付会計上の取扱い>
まず、「(1) 当年度の財務諸表に計上した金額」については、先述の通り、「退職給付に係る負債又は退職給付に係る資産(連結)」又は「退職給付引当金又は前払年金費用(個別)」となります。

次に、「(2) 会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報」については、開示目的に照らして、各企業で開示内容を取捨選択することになりますが、仮に上記①~③を開示するのであれば、概ね以下のようなイメージになるでしょう。

<例>
①当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法
「当年度の財務諸表に計上した金額」として、「退職給付に係る負債」を当年度末における退職給付債務から年金資産を控除した金額として算定している。

②当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定
退職給付債務の算定にあたり、複数の計算基礎(割引率、退職率、昇給率、死亡率等)を用いており、特に重要なものとして割引率がある。
割引率は、高格付けの社債利回り曲線(イールドカーブ)を元に、デュレーションアプローチにより設定している。

③翌年度の財務諸表に与える影響
割引率が0.5%低下した場合、当年度末の退職給付債務は○○百万円増加し、(翌年度における数理計算上の差異の費用処理額の増加、勤務費用等の増加により)翌年度の退職給付費用は○○百万円増加する。

 割引率が0.5%上昇した場合、当年度末の退職給付債務は○○百万円減少し、(翌年度における数理計算上の差異の費用処理額の減少、勤務費用等の減少により)翌年度の退職給付費用は○○百万円減少する。

<実務上の注意点>
なお、➂の影響額の注記を行う場合、実務上、影響額をどのように算定するのかが問題になります。

通常は、計算機関に基礎率変更シミュレーションを依頼することになります。これにより入手できる影響額は精緻なものです。直前に依頼するとスケジュール上、間に合わないケースもありますので、期末の退職給付債務計算依頼時に計算機関へ相談しておくことが必要です。

概算であれば、計算機関から提供されるエクセルツールを使用して、企業側で対応することも可能です。但し、算定を行うグループ会社が複数あったり、(数理計算上の差異の費用処理額を含む)退職給付費用の算出を計算機関に委託していたりする場合には、グループ各社での算出作業や親会社の数値の把握の手間が生じます。計算機関に一通りの作業を委託してしまった方が効率的な場合も多いでしょう。

その他の方法として、退職給付債務の自社計算ソフトを追加で導入し、企業側で基礎率変更シミュレーションを行う方法もあります。

まずは、監査法人と早めに協議して、「③の影響額の開示を行うか」、その場合「精緻な金額と概算額のどちらを用いるか」確認しておくことをお勧めします。

4.参考事例

会計上の見積りの開示に関する退職給付の開示例として、(米国基準適用企業ですが、)非常に充実した開示を行っているケースを紹介しておきます。

金融庁による「記述情報の開示の好事例集」に掲載されているワコール社の例です。
『記述情報の開示の好事例集 金融庁 2019年12月20日 ~5.「重要な会計上の見積り」の開示例~』より転載

<株式会社ワコールホールディングス 有価証券報告書(2019年3月期) >
「経営者の視点による経営成績等の状況に関する分析・検討内容」 ※ 一部抜粋

 ①重要な会計方針及び見積り ※一部抜粋

h.退職金及び退職年金
当社グループは従業員の大多数を対象とするいくつかの退職金制度を有しており、株式会社ワコール及び一部の子会社は確定給付企業年金制度を採用しております。前払年金費用、退職給付に係る負債及び退職給付費用は、数理計算上の仮定に基づいて算出されております。これらの仮定には、割引率、年金資産の長期期待運用収益率、退職率、死亡率等が含まれております。当社グループは、使用した数理計算上の仮定は妥当なものと判断しておりますが、仮定自体の変更により、前払年金費用、退職給付に係る負債及び退職給付費用に悪影響を与える可能性があります。

当社グループは、国内社債の利回りに基づいて割引率を設定しております。具体的には割引率は2019年3月31日時点における、国債のうち満期までの期間が予想される将来の給付支払の時期までの期間と同じ銘柄の利回りを基礎としております。当連結会計年度末における割引率は0.5%であります。

当社グループは、過去の運用実績と将来収益に対する予測を評価することにより長期期待運用収益率を設定しております。かかる長期期待運用収益率は、株式及び社債等の投資対象資産グループ別の長期期待運用収益の加重平均に基づいております。前連結会計年度及び当連結会計年度末における、年金資産の長期運用利回りは、ともに2.5%であります。長期期待運用収益率は持分証券26.0%、負債証券54.0%、生保一般勘定18.0%及び短期資金2.0%の資産構成を前提として算定しております。

これらの基礎率は退職給付債務及び費用に重要な影響を及ぼします。割引率及び長期期待運用 収益率をそれぞれ0.5%変更した場合の連結財務諸表への影響は以下のとおりであります。 

  退職給付費用への影響額 退職給付債務への影響額
割引率:0.5%減少 170百万円の増加 2,005百万円の増加
割引率:0.5%増加 177百万円の減少 1,954百万円の減少
長期期待運用収益率:0.5%減少 148百万円の増加
長期期待運用収益率:0.5%増加 151百万円の減少


その他の年金制度は、退職一時金の支給か一定の条件での年金支給のどちらかとなりますが, 従業員が定年に達する前に退職する場合は、通常、一括で支給されます。


おわりに

日本の退職給付会計基準では、IFRS(IAS19)のように感応度分析(例:割引率の変動による退職給付債務への影響額の開示)の注記が求められていないため、退職給付に関するリスク情報の開示が不十分と言われています。

今回の「会計上の見積りの開示」として追加注記は、あくまで重要性がある場合にのみ必要となる、という位置づけです。監査法人からの要請により、お客様から弊社へお問い合わせ頂くケースも出てきていますが、今後どこまでこの注記開示を行う企業が増えるか未知数です。ただし、一つ言えるとすれば、退職給付債務のように、見積り次第で大きく金額が変わる有機的な数値の実態を投資家へ開示することは、企業の実態・リスクを適切に伝えるという意味で価値のあるコミュニケーションでしょう。

なお、リスクと言うと、ネガティブな印象ですが、ネガティブ・ポジティブ両方含まれます。そして、今後、マイナス金利から中長期的に金利上昇局面を迎えるのであれば、割引率上昇に伴う退職給付債務と退職給付費用の減少というポジティブ面のリスク顕在化の可能性もあります。

仮に重要性がそれほどなかった場合でも、積極的なIR活動という意味で、ネガティブとポジティブ、両面の情報を投資家に適切に伝えていくというスタンスも、投資家との健全なコミュニケーションとしてありえるのではないでしょうか。

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※当コラムには、執筆した弊社コンサルタントの個人的見解も含まれております。あらかじめご了承ください。

中村イメージ この記事を書いた人

代表取締役社長 公認会計士                                   
中村  淳一郎

1996年早大商学部卒。
(現)有限責任監査法人トーマツを経て現職。 コンサルティング・監査・経理・人事の実務経験に基づいた「本質をつく解説」と「体系的に整理した資料」に定評。
都銀向け退職給付会計講座など講演実績240回超。「週刊経営財務」、「月刊企業年金」、「CFO FORUM」等で執筆。

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